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医歯薬学

2022.06.06

BRCA1 がん抑制遺伝子のハプロ不全は、フェントン反応を基盤とする発がん過程において、フェロトーシス抵抗性を獲得することにより染色体増幅を促進する

名古屋大学大学院医学系研究科生体反応病理学の孔 穎怡(こう えいい)大学院生、豊國 伸哉(とよくに しんや)教授の研究グループは量子科学技術研究開発機構の今岡達彦(いまおか たつひこ)博士による研究グループとの共同研究により、ヒトの遺伝性乳癌卵巣癌症候群 ※1(hereditary breast
and ovarian cancer syndrome; HBOC)に相当する Brca1(L63X/+)ラットモデルを使用する実験を通じて、過剰鉄を介した酸化ストレス ※2 による発がんが促進されることを明らかにしました。また、その際、野生型のがんに比べて染色体レベルの増幅が有意に増え、さらに HBOC 患者乳癌で増幅している染色体に対応する領域での増幅を認めました。さらに、その分子機構はミトコンドリア傷害が起こりやすいため鉄が過剰に蓄積して、最終的にフェロトーシス抵抗性 ※3 を早く獲得していることがわかりました。今後、HBOC 患者の乳腺・卵巣などの発がん標的臓器において酸化ストレスを軽減する手立てがわかれば、発がん予防効果が期待され、乳房や卵巣の若年での切除が不要となり、クオリティ・オブ・ライフを改善できる可能性があります。本研究結果は科学誌である「Redox Biology」(2022 年電子版)に掲載されました。

 

【ポイント】

○ヒトの乳癌・卵巣癌の高リスクに関与する BRCA1 がん抑制遺伝子のモデルをマウスで再現することはこれまで困難であった
○今回、Brca1(L63X/+)ハプロ不全 ※4 ラットモデルを使用すると、フェントン反応 ※5 による腎臓癌発生を促進することがわかった
○Brca1(L63X/+)ハプロ不全ラットモデルでは野生型に比べて染色体レベルのゲノム増幅を多く認めた
○Brca1(L63X/+)ハプロ不全ラットモデルの腎臓癌では、ヒト BRCA1 病的バリアントを有する患者の乳癌と同様の遺伝子増幅を認めた
○Brca1 ハプロ不全ラットモデルでは発がん過程でミトコンドリア傷害がより強く、フェロトーシス抵抗性を早期に獲得していた

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC; hereditary breast and ovarian cancer syndrome):
遺伝的に乳癌や卵巣癌を多発する疾患(家族性腫瘍)であり、BRCA1 あるいは BRCA2 がん抑制遺伝子の片側のアレルが変異バリアントとなっている。HBOC 関連乳癌は 44 才未満の若年で発症することが多く、両側の乳房に発生するリスクが高い。HBOC 患者では生涯がん発症率が、乳癌では BRCA1 で 46〜87%、BRCA2 で 38〜84%、卵巣癌では BRCA1 で 39〜63%、BRCA2 で 16.5〜27%に及ぶとされる。さらに、男女で膵癌、男性では乳癌、前立腺癌のリスクでもあることが報告されている。
※2 過剰鉄による酸化ストレス:
過剰鉄状態では触媒性 Fe(II)が増加しフェントン反応を促進する。この化学反応(Fe(II)+H2O2→Fe(III) + OH- + -OH)は生体内で最も反応性の高い化学種である-OH (ヒドロキシルラジカル)を生じる反応であり、Fe(II)はこの反応を触媒する。ヒドロキシラジカルが酸化ストレスをおこし、その結果発生するゲノム DNA の傷害は変異(ゲノム情報の改変)のリスクを上げる。
※3 フェロトーシス抵抗性:
フェロトーシスは 2012 年に初めて提唱された細胞死の概念であり、触媒性 Fe(II)依存性におこる壊死形態の細胞死であり、脂質過酸化を伴う。フェロトーシスは鉄と抗酸化を担う硫黄の相対的な比が鉄有意に傾くことで始まるが、この細胞死に対して変異獲得など種々の分子機構によって抵抗性が発生していることをさす。
※4 ハプロ不全:
通常は 1 対 2 本の遺伝子の 1 本が不活性化されるために、この遺伝子由来のタンパク質の量が不十分となり、そのために何らかの病的状態(表現型)が現れること。
※5 フェントン反応:
Fe(II)+H2O2 →Fe(III) + OH- + -OH は生体内で最も反応性の高い化学種である-OH (ヒドロキシルラジカル)を生じる化学反応であり、Fe(II)はこの反応を触媒する。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Redox Biology
論文タイトル:BRCA1 haploinsufficiency promotes chromosomal amplification under Fenton reaction- based carcinogenesis through ferroptosis-resistance
著者:Yingyi Kong1, Shinya Akatsuka 1, Yashiro Motooka1, Hao Zheng1, Zhen Cheng1, Yukihiro Shiraki 2, Tomoji Mashimo 3,4, Tatsuhiko Imaoka 5 and Shinya Toyokuni1,6
所属名:1Department of Pathology and Biological Responses, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8550, Japan
2Department of Tumor Pathology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8550, Japan
3Division of Animal Genetics, Laboratory Animal Research Center, Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo 108-8639, Japan
4Division of Genome Engineering, Center for Experimental Medicine and Systems Biology, Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo 108-8639, Japan
5Department of Radiation Effects Research, National Institute of Radiological Sciences, National Institutes for Quantum Science and Technology, 4-9-1, Anagawa, Inage-ku, Chiba, 263-8555, Japan
6Center for Low-temperature Plasma Sciences, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8603, Japan
DOI:10.1016/j.redox.2022.102356

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Red_220606en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 豊國 伸哉 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/pathology/pathology1/