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複合領域

2022.06.17

脳組織において狙った細胞の神経伝達物質受容体の活性化に成功 ―記憶・学習のメカニズム解明に期待―

東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科 清中 茂樹 教授は、京都大学大学院工学研究科 浜地 格 教授、小島 憲人 博士(2021年度 博士課程卒)、慶應義塾大学医学部生理学教室 柚﨑 通介 教授、掛川 渉 准教授らと共に、神経回路の役割を明らかにするために、グルタミン酸受容体を細胞種選択的に活性化できる新たな方法論「配位ケモジェネティクス法」を開発しました。
私たちの脳に存在する1,000億個もの神経細胞は、シナプスを介して互いに結合してさまざまな神経回路を形成します。シナプスにおいて主要な情報伝達を担っているのは、神経伝達物質であるグルタミン酸とその受容体(グルタミン酸受容体)です。グルタミン酸受容体は、情報伝達に加えて記憶・学習などの高次機能に必須の役割を果たすと考えられています。しかしグルタミン酸受容体は、さまざまな種類の神経細胞に発現しているため、どの神経回路のどのシナプスに存在する受容体が重要であるのかについては、従来の実験法では解析が困難でした。本研究では、運動機能や運動学習を支える小脳神経回路において重要な役割を果たす代謝型グルタミン酸受容体1型 (mGlu1) 用語解説1に着目しました。まず、本研究グループは、天然リガンド(グルタミン酸)との親和性を維持したmGlu1変異体を見出し、その変異体を選択的に活性化できる人工化合物(Pd(bpy)およびPd(sulfo-bpy))を開発しました。次に、ゲノム編集技術用語解説2によりmGlu1変異体を発現する遺伝子改変マウスを作製し、そのマウスから得られる小脳切片にPd(sulfo-bpy)を投与することによって、mGlu1が関わる高次脳機能(小脳長期抑圧用語解説3)を選択的に誘起できました。さらに、アデノ随伴ウィルス用語解説4を用いて、マウス小脳内の標的とする神経細胞種にmGlu1変異体を選択的に発現させ、細胞種選択的にmGlu1を活性化させることにも成功しました。本手法(配位ケモジェネティクス法)はmGlu1だけでなく、他のグルタミン酸受容体にも適用可能であり、グルタミン酸受容体が関わる神経回路の解明が大幅に加速すると期待されます。
本研究成果は、2022年6月16日に国際学術誌「Nature Communications」オンライン版で公開されました。

 

【ポイント】

➢ 脳内の神経回路の働きを理解するために、記憶・学習を司る神経伝達物質受容体であるグルタミン酸受容体を細胞種選択的に活性化する技術が必要とされている。
➢ 本研究では、本来のグルタミン酸応答能を維持したままで、人工化合物によって活性化される変異グルタミン酸受容体を開発した。
➢ この変異グルタミン酸受容体をある特定の細胞種に発現させたマウスを作製し、人工化合物投与によって細胞種選択的にグルタミン酸受容体を活性化させることに成功した。
➢ この新技術「配位ケモジェネティクス法」により、神経回路の理解が加速すると期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語解説】

1. 代謝型グルタミン酸受容体1型(mGlu1):7回膜貫通構造と細胞外に大きなグルタミン酸結合部位を有するGタンパク質共役型受容体の一種。主にGqタンパク質と結合することが知られ、細胞内でホスホリパーゼC経路を活性化する。mGlu1は、脳内において、主に、小脳、海馬、嗅球、視床などにも発現する。

 

2. ゲノム編集技術:ゲノム編集とは、生物が持つゲノムDNA上の特定の塩基配列を狙って変化させる技術の総称。その代表例としてCRISPR/Cas9システムが挙げられる(2020年ノーベル化学賞の受賞研究)。

 

3. 小脳長期抑圧:神経活動に依存して神経細胞間の情報伝達効率が変化するシナプス可塑性の一種。小脳の長期抑圧は、平行線維とプルキンエ細胞間のシナプスの伝達効率が長期に渡って低下する現象。

 

4. アデノ随伴ウィルス:アデノ随伴ウィルスはヒトや霊長類の動物に感染する小型ウィルス。複数種類の血清型が同定されており、その違いにより導入される組織の種類が変わる。非常に弱い免疫反応しか引き起こさないため、遺伝子治療用のウィルスベクターとして臨床応用されはじめている。

 

【論文情報】

タイトル
Coordination chemogenetics for activation of GPCR-type glutamate receptors in brain tissue(脳組織内においてGPCR型グルタミン酸の活性化を実現する配位ケモジェネティクス法)
著  者
小島 憲人、掛川 渉、山崎 世和、三浦 裕太、伊藤 政之、道籏 友紀子、窪田 亮、堂浦 智裕、三浦 会里子、野中 洋、水野 聖哉、高橋 智、柚﨑 通介、浜地 格、清中 茂樹
掲 載 誌
Nature Communications
DOI
10.1038/s41467-022-30828-0
URL
https://www.nature.com/articles/s41467-022-30828-0

 

【研究代表者】

http://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/labhp/life1/index.html