TOP   >   複合領域   >   記事詳細

複合領域

2022.06.17

「細胞の形」から治療薬を超効率的に予測 ~AI判定によって高度に選別する解析技術開発に成功~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院創薬科学研究科の加藤 竜司 准教授、蟹江 慧 助教、日本学術振興会の今井 祐太 特別研究員(DC2)(名古屋大学大学院博士後期課程学生(研究当時))、名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野 雅央 教授、飯田 円 助教のグループは、神経変性疾患注1)のひとつである球脊髄性筋萎縮症(SBMA)注2)の治療薬探索を目的とした創薬探索技術として、「細胞の形注3)」の情報のみから薬剤の治療効果を予測する細胞画像解析技術注4)の開発に成功しました。

本研究では、勝野 教授らの医学系グループの開発した病気のモデル神経細胞注4)による薬剤評価法と、加藤 准教授らの工学系グループのラベルフリー注5)な細胞画像解析技術注6)の分野融合によって、従来難しかった超効率的かつ安定な大量の薬剤探索を可能にしました。
本研究では、モデル神経細胞注5)が治療薬に応答する「細胞の形」に注目し、細胞集団の中から「薬剤に応答して形を変えた細胞」だけを人工知能(AI)判定によって高度に選別する解析技術『in silico FOCUS:インシリコ・フォーカス注6)』を開発しました。この技術を用いることで、通常では見分けることができなかった「治療薬の効果(病気のモデル細胞の形が健常な形に近づく変化)」を高感度かつ安定に評価できるようになり、煩雑な破壊的実験を行わずに治療効果を高精度で予測できることが分かりました。この成果から、SBMAモデル細胞に対する薬剤投与後の画像だけで新薬開発を加速できる可能性が示唆され、これまで効率的探索の難しかった疾患治療薬の探索に広く応用が期待されます。
本研究成果は、2022 年6月16日付ネイチャー・リサーチ社のオンライン学術雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
本研究は、2019年度名古屋大学NU部局横断イノベーション創出プロジェクト等の支援のもとで行われたものです。

 

【ポイント】

・SBMA治療薬を探索するには、神経細胞モデルを用いた効率的・定量的なスクリーニング技術注7)が必要だが、神経細胞モデルを用いた従来の薬効評価法は煩雑で時間がかかり、効率的な大量スクリーニングは困難だった。
・本研究では、SBMA細胞モデルが薬剤に応答して形が変わる現象に注目し、細胞の顕微鏡画像における薬剤応答情報(細胞の形の変化)だけを用いて、SBMAの治療薬効果を予測する技術開発に成功した。
・本解析技術は、ラベルフリー注8)の非侵襲的評価技術なため、マーカーが同定されていない細胞、病態が未解明な細胞、染色ができない治療用細胞などの薬剤評価や品質評価が可能である。
・本解析技術は、画像撮影だけで薬効予測が可能なため、通常数十万細胞を用いて数時間かかっていた薬効解析評価を、その100分の1程度の細胞数でわずか数分以内に短縮が可能な超効率的なスクリーニング技術である。
・解析技術の中核となる『in silico FOCUS』は、「薬剤に応じて形が変化した細胞」だけを自動判定するAIモデルによって、少数の細胞が示す薬剤応答を高感度に検出し、安定な評価データとして出力する全く新しいラベルフリーイメージサイトメトリー技術である。
・『in silico FOCUS』から得られる情報で学習した治療効果の予測AIモデルは、病気モデル細胞が薬剤で回復する状態を、画像のみから100%の精度で判別する性能を示した。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)神経変性疾患:
特定の種類の神経細胞の進行性に障害が起きる病気の総称。神経細胞の中や周囲に異常なタンパク質が蓄積しており、それにより細胞が弱って死んでいく。

 

注2)球脊髄性筋萎縮症(SBMA):
SBMA はSpinal and Bulbar Muscular Atrophyの略。成人に発症する遺伝性の神経変性疾患で、男性のみが発症し、全身の筋力低下や食べ物の飲み込みにくさ、しゃべりにくさ等の症状が現れ、徐々に進行する。
※SBMAの病態メカニズム:
SBMAを引き起こす原因分子の1つとして、アンドロゲンホルモンであるテストステロンなどの受容体である「アンドロゲン受容体(AR)」タンパク質における、ポリグルタミンという異常な構造の影響が知られている。この異常をもつアンドロゲン受容体は、本来正常な刺激となるべき男性ホルモンと結合し、細胞核の中に蓄積してしまうことで、神経や骨格筋における細胞死を引き起こしてしまう。SBMAの病態におけるARの影響は、勝野教授の研究グループが解明してきたSBMAの重要な機構の1つで、まだ全てが明らかになっていない。このため、神経細胞側や筋肉細胞側にもまだ病気の原因となる機構があるのではないかと考えられており、新しい分子機構の解明や、SBMAの症状を治療する新しい医薬品分子の探索にはまだ挑戦が必要。

 

注3)細胞の形:
培養された細胞は、細胞の自身の品質や活性に応じて形を変化することが知られており、細胞培養の教科書などにおいても「細胞状態を現す重要な特徴」であるとされている。また、細胞は周囲の影響(薬剤投与の影響)に対しても敏感に形を変化させることが知られている。本研究で用いられた神経モデル細胞も、健康な状態であれば多様な形態をとることが知られている。具体的には、神経細胞として細く長く伸びるような形態や、複数の突起状の伸展を見せる。多くの場合、これらの細胞形態の変化は、人間は雰囲気として感じることができるため、細胞培養や薬剤応答評価における重要な「目印」として経験的に活用されている。
しかし、細胞は不定形なアメーバ状の形態をしており、その成長と分裂と共に、伸展の度合いやタイプも千変万化に変化する。このため、人が目で見て気づく形態変化があったとしても、これを数値的に定義することは困難で、コンピュータに形態のルールを学習させるためには、高度な解析技術が必要とされる。

 

注4)細胞画像解析技術:
細胞の顕微鏡写真をコンピュータ処理によって処理し、画像中の細胞の形状や変化を定量的に定量化する解析技術。加藤准教授らは、細胞の位相差顕微鏡画像の画像処理およびデータ解析によって、細胞の形の情報を網羅的に計測・分析し、細胞品質や薬剤応答予測する技術をこれまで開発してきた。加藤准教授らの細胞画像解析技術の特徴は、ラベルフリーの細胞画像を用いて「細胞の形を定量化する技術」な点であり、非破壊的に生きたままの細胞を評価し続けることができる技術なため、蛍光などの染色細胞画像を用いた画像解析技術よりも安定な解析が難しいとされる分野の解析である。

 

注5)モデル神経細胞:
SBMAの病態メカニズム(ARがテストステロンの投与によって細胞内に集積し、毒性を示してしまう現象)を模倣した神経細胞(AR-24Q:健常モデル細胞とAR-97Q:疾患モデル細胞)。健常モデル細胞は、ARにおけるポリグルタミンの繰り返しが正常細胞と同じであり、テストステロンを投与しても、細胞死が生じない。疾患モデル細胞は、ARにおけるポリグルタミンの繰り返しを人為的に増幅してあり、テストステロンを投与すると細胞死が生じる。さらに、勝野教授、飯田助教らが発見してきた疾患機構の改善分子Pioglitazoneをテストステロンと共に投与すると、応答が正常細胞に近づくことが証明されている。

 

注6)in silico FOCUS(インシリコ・フォーカス)
in silico analysis of featured-objects concentrated by anomaly discrimination from unit spaceの略称。「in silico」は「コンピュータ内で」を示すバイオインフォマティクスの用語。この解析法は、コンピュータ内で「薬剤に応答して形を変えた細胞」だけをメモリ内で選別・濃縮し、「他の形態変化した細胞」の情報を捨てる、という細胞形態変化度の自動判定AIアルゴリズムによるイメージサイトメトリー技術(=画像情報を用いて1細胞ずつを計測・選抜する技術)。この技術では、「通常の状態で生じる形態変化」という状態をAIに学習させることで、「薬剤応答で生じた特殊な形態変化」を自動的に判定し、メモリ内で「形態変化細胞を濃縮したデータ」を蓄積することが可能になる。この結果、わずかな変化を高度に検出し、偶発的な変化に惑わされることがなく安定に、薬剤応答を定量的に解析できるようになった。

 

注7)スクリーニング技術:
スクリーニング(Screening)とは、種々の評価法を用いて薬剤候補となり得る複数種類の分子を評価し、候補分子群(化合物やタンパク質のライブラリ)の中から、新規医薬品として有効な候補分子を選抜する作業。スクリーニングでは、大量の分子候補との評価を実現するために、作業効率やコスト削減が重要な開発ポイントとなる。
本研究で開発されたスクリーニング技術は、「表現型スクリーニング」と呼ばれ、候補分子を直接細胞に投与してみることで生じる「細胞応答」を計測・定量化して、薬剤候補となり得る分子を選び出す技術である。近年では、細胞培養や遺伝子編集技術が発展したため、様々な病気のモデル(病気と同じような応答を起こす)細胞が作られるようになり、表現型スクリーニングは大きな注目を集めている。表現型スクリーニングは、「どうなるか分からないが、実際に薬を投与した応答をみてみよう」というコンセプトで評価が行われるため、分子機構や病態の理解が不十分な病気や細胞であっても、スクリーニング系の構築に挑戦しやすい利点がある。しかし、一方で「応答は見られたが、それが何を意味したかが分かりにくい」という欠点もあり、よく検証された細胞モデルでなければ適応が難しい現実がある。本研究は、勝野教授らが開発したSBMAの神経細胞モデルの評価系が確立していたことが成功の要因。

 

注8)ラベルフリー:
細胞が染色されていない状態。細胞を可視化して評価するには、細胞を殺してから蛍光分子などで標識・染色して撮影する方法(ラベル化された画像での評価)と、細胞を殺さずに生かしたまま非染色で撮影する方法(ラベルフリー画像を用いた評価)との2種類がある。前者は、細胞の注目したい部分を染めるため、画像中の「目的エリア」がはっきりし、細胞の認識や計測を行う画像処理が行いやすい利点があるが、染色コストが高く、死んだ細胞の状態しか評価できないという欠点がある。後者は、細胞を生かしたまま撮影できるため、ライブ観察や経時変化の情報を取得することができる利点があるが、画像内に情報が少なく、画像中の細胞認識や計測処理が極めて難しいという欠点がある。画像処理の容易さから、染色画像による死細胞の画像解析技術は創薬スクリーニング技術としても多数報告事例があるが、ラベルフリーの細胞画像の創薬スクリーニング技術はまだほとんど報告事例がない。

 

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:
Label-free morphological sub-population cytometry for sensitive phenotypic screening of heterogenous neural disease model cells
著者:
Yuta Imai1, Madoka Iida2, Kei Kanie1, Masahisa Katsuno2,3,4,5, Ryuji Kato1,3,5,*

1Department of Basic Medicinal Sciences, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya University, Tokai National Higher Education and Research System, Furocho, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi 464-8601, Japan
2Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Tokai National Higher Education and Research System, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, Aichi 466-8550, Japan
3Institute of Nano-Life-Systems, Institutes of Innovation for Future Society, Nagoya University, Tokai National Higher Education and Research System, Furocho, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi 464-8601, Japan
4Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine, Tokai National Higher Education and Research System, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, Aichi 466-8550, Japan
5Institute of Glyco-core Research (IGCORE), Nagoya University, Tokai National Higher Education and Research System, Furocho, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi 464-8601, Japan

DOI:10.1038/s41598-022-12250-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-022-12250-0

 

【研究代表者】

大学院創薬科学研究科 加藤 竜司 准教授
https://www.ps.nagoya-u.ac.jp/lab_pages/CMB/