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医歯薬学

2022.07.11

日本人最大規模の自閉スペクトラム症患者を対象とした全ゲノム解析により、神経細胞シナプス機能の病態への関与を証明

名古屋大学大学院医学系研究科 精神医学・精神疾患病態解明学の尾崎紀夫特任教授、精神医学分野の木村大樹講師、ヘルスケア情報科学の中杤昌弘准教授らの研究グループは、横浜市立大学の松本直通教授、理化学研究所の高田篤チームリーダー、米国 California University San Diego 校 精神科の Jonathan Sebat 教授らと共同して、日本人最大規模の自閉スペクトラム症(ASD)※1 患者ゲノムサンプルを対象として、全ゲノム解析の一つであるエクソーム解析 ※2 を行い、日本人の ASD 病態に、神経細胞シナプス ※3 機能関連遺伝子セットが関わることを明らかにしました。特にシナプス小胞エンドサイトーシスに関連する遺伝子ABCA 13※4 が日本人 ASD 及び注意欠如・多動症(ADHD)※5 の候補遺伝子となることを同定しました。
ASD は、生後早期より存在する、対人関係の苦手さや、強いこだわりを特徴とする表現型を呈し、遺伝要因の関与が示唆されていますが、その解明は未だ不十分でした。欧米では ASD を対象として、全ての遺伝子のタンパク質コード領域のゲノム配列を読むエクソーム解析により、ASD 候補遺伝子が 100 個程度同定されていますが、日本人 ASD のケースコントロールサンプルを対象とした候補遺伝子探索は行われていませんでした。本研究では、日本人 ASD のエクソーム研究としては最大規模の合計約 600 名のケースコントロールサンプルを解析した結果、既知の ASD 候補遺伝子内のバリアント ※6 の同定に加え、シナプス機能に関与する遺伝子セットが健常者よりも ASD 患者で統計学的に優位に多く存在することを示しました。特にシナプス機能に関与するABCA 13 が ASD 病態に関与する強いエビデンスが得られ、本研究からエクソーム解析の ASD 診断への有用性が示されました。
この研究は日本医療研究開発機構(AMED)精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクトの「統合失調症と自閉スペクトラム症の多階層情報の統合による病態解明」、発達障害・統合失調症等の克服に関する研究の「統合失調症と自閉スペクトラム症のゲノム解析結果を活かした診断法・治療法開発」、革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクトの「精神疾患のヒトゲノム変異を基盤とする神経回路・分子病態に関する研究」の支援を受けて行われました。本研究成果は「Translational Psychiatry」の電子版 (2022 年 7 月 11 日版)に掲載されました。

 

【ポイント】

○日本人 ASD 患者には、認知機能に関与しうる神経細胞シナプスの機能に関与するまれなゲノムバリアントが、健常者よりも多く存在することを示しました。
○神経細胞の脂質代謝に関わる ABCA 13 が ASD と ADHD の病態に関与し得ることを示しました。
○ASD 患者を対象としたエクソーム解析の ASD 補助診断としての有用性を示しました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 自閉スペクトラム症(ASD):生後早期より存在する、対人関係の苦手さや、強いこだわりを特徴とする表現型を呈する疾患。ASD が呈する表現型には遺伝要因の関与が示唆されている。発症の原因は未だわかっていない。
※2 エクソーム解析:ゲノム上の約2万種類にも及ぶ全遺伝子のタンパク質コード領域の配列を解読する解析手法。次世代シークエンサーにより、近年 1 人当たりの解析価格が下がってきており、大規模サンプルを対象に実施が可能になってきている。
※3 シナプス:神経細胞間で形成される、シグナル伝達などの神経活動に関わる接合部位とその構造。
※4 ABCA 13:神経細胞でコレステロールを運ぶ役割を担う遺伝子。細胞膜を介して物質輸送を行う ABC タンパク質の一種。この遺伝子が働かないと、神経細胞の小胞内にコレステロールが蓄積しないことが示唆されている。
※5 注意欠如・多動症(ADHD):生後早期より存在する、不注意、落ちつきのなさ、衝動性などの症状が、生活や学業に重大な影響を及ぼす状態が 6 ヶ月以上持続していることと定義されている。ASD と併存しうることが知られている。
※6 バリアント:標準塩基配列と比較したときの塩基配列や構造の違い。遺伝子の多様性を意味する言葉。バリアントの中には、病的意義があるもの、病的意義のないもの、意義が不明なものなど、幅広いものが含まれる。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Translational Psychiatry
論文タイトル:Exome sequencing analysis of Japanese autism spectrum disorder case-control sample supports an increased burden of synaptic function–related genes
著者:Hiroki Kimura 1) , Masahiro Nakatochi 2) , Branko Aleksic1) , James Guevara 3) , Miho Toyama1) , Yu Hayashi 1) , Hidekazu Kato 1) , Itaru Kushima1)4) , Mako Morikawa 1) , Kanako Ishizuka5) , Takashi Okada 6) , Yoshinori Tsurusaki7)8) , Atsushi Fujita 7) , Noriko Miyake 7)9) , Tomoo Ogi10)11), Atsushi Takata 7)12) , Naomichi Matsumoto 7) , Joseph Buxbaum 13) , Norio Ozaki1)14)** and Jonathan Sebat3)**
**Co-last author
所属名:
1) Department of Psychiatry, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
2) Public Health Informatics Unit, Department of Integrated Health Sciences, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
3) Department of Psychiatry, University of California San Diego, CA, USA
4) Medical Genomics Center, Nagoya University Hospital, Aichi, Japan
5) Health Support Center, Nagoya Institute of Technology, Aichi, Japan
6) Department of Developmental Disorders, National Institute of Mental Health, National Center of Neurology and Psychiatry, Tokyo, Japan
7) Department of Human Genetics, Yokohama City University Graduate School of Medicine, Kanagawa, Japan
8) Faculty of Nutritional Science, Sagami Women’s University, Sagamihara, Japan
9) Department of Human Genetics, National Center for Global Health and Medicine, Tokyo, Japan
10) Department of Genetics, Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University, Aichi, Japan
11) Department of Human Genetics and Molecular Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Aichi, Japan.
12) Laboratory for Molecular Pathology of Psychiatric Disorders, RIKEN Center for Brain Science, Wako, Saitama, Japan
13) Department of Psychiatry, Mount Sinai University, NY, USA
14) Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Chikusa-ku, Nagoya, Japan
DOI:10.1038/s41398-022-02033-6
電子版掲載 URL:https://www.nature.com/articles/s41398-022-02033-6

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Tra_220711en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 尾崎 紀夫 特任教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/seisin/index.html