名古屋大学大学院医学系研究科・病態内科学講座呼吸器内科の高橋一臣 元大学院生(現中部ろうさい病院呼吸器内科)、佐藤和秀 特任講師(名古屋大学高等研究院 B3 ユニットフロンティア長、JST 創発的研究支援事業 1 期生)らの研究グループは、がんの不均一性 ※1 を克服しうる新技術として、がん局所に抗体薬剤複合体(Antibody drug conjugates;ADC) ※2 を集積させ、光でがんを破壊すると同時に抗がん薬を周囲に放出する光応答性“スマート武装抗体(Smart ADC)”を開発し、その新しい効果を光バイスタンダー効果(Photo-bystander effect)と名付けました。
本研究は、佐藤 特任講師(最終責任著者、共同筆頭著者)、高橋 元大学院生(筆頭著者)の研究グループのほか、名古屋大学未来社会想像機構ナノライフシステム研究所・量子科学技術研究開発機構(QST) 量子生命科学研究所の馬場嘉信 教授・所長、湯川博 特任教授・QST プロジェクトディレクターら、米国の国立衛生研究所・国立がん研究所(NCI/NIH)の小林久隆 主席研究員と共同で行いました。
近年、新しい治療薬として注目を集めている ADC は、がんの不均一性のため、薬剤の効果が限られてしまうという臨床上の問題がありました。そのため、新しい概念でがんを治療することができる ADC の開発が求められています。
本研究では、既に臨床で認可されて使用されている、非開裂のチオールリンカー ※3 により抗体に抗がん剤が付加されている ADC の 1 つである T-DM1(カドサイラ)に光吸収体である IR700※4 をさらに付加する簡便な方法で、近赤外光照射をすることで結合している非開裂の抗がん剤であるDM1 の誘導体を放出させることに成功しました。この新技術を光応答性“スマート武装抗体(Smart ADC)”、このメカニズムによる新たな抗腫瘍効果を光バイスタンダー効果(Photo-bystander effect)と名付けました。また、IR700 は光照射をすることで近赤外光線免疫療法の効果によって結合しているがん細胞を破砕することから、光応答性“スマート武装抗体(Smart ADC)”により抗体が結合しているがん細胞を光で破砕し、それに引き続き、生き残っている結合していない周囲のがん細胞を光放出された DM1 の誘導体の抗がん作用で細胞死誘導できることから、がん標的抗原が不均一に発現している固形がんを根治させることに繋がると考えられます。
本研究成果は、米国生体工学学会(the Society for Biological Engineering)、米国化学技術協会(American Institute of Chemical Engineers (AIChE) )から発行されている科学誌「Bioengineering & Translational Medicine」(2022 年 8 月 22 日付電子版、米国東部標準時0時0分)に掲載されました。
○ 近年開発が進むがんに対する抗体医薬、抗体薬物複合体、抗体光吸収体付加物は、すべて抗体を用いた治療であり、標的であるがん抗原に結合することで選択的な治療効果を発揮する。しかしながら、その高い標的性ゆえに、固形がん腫瘍の不均一性の一つであるがん特異的抗原の不均一発現により効果が限定されてしまうという臨床上の課題がある。
○ 既に臨床で認可されている非開裂のチオールリンカーで構成された ADC(Antibody drug conjugates)から光照射をすることにより、がん部位に集積させた ADC でがんを光破壊するとともに薬剤を光放出する新技術を開発した。
○ 光により放出された薬剤は、その近傍で抗腫瘍効果を発揮する。この新機序の効果を光バイスタンダー効果(Photo-bystander effect)と名付けた。
○ がん部位での光照射により、近赤外光線免疫療法の効果でがん標的特異抗原を発現しているがん細胞を光で破砕し、同時に抗がん剤を光放出することにより、抗体が付きづらい(がん抗原の発現の低い、無い)がん細胞を抗がん剤で細胞死誘導する2段構えの新しい概念の治療技術が確立された。この治療概念を用いれば、固形がん腫瘍の不均一性の一つである抗原不均一発現による治療抵抗性を克服できると期待される。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
※1 がんの不均一性: 固形がんには、多様な性質を持つがん細胞が存在し、その遺伝子発現や薬剤耐性・がん標的抗原の発現量が不均一であることが知られている。このようないわゆる「がんの不均一性」が、治療に対する抵抗性と再発の原因となっておりその克服が課題となっている。
※2 抗体薬剤複合体(Antibody drug conjugates;ADC): がんの表面に発現しているタンパク質に特異的に結合する抗体医薬に、薬剤をさらに付加した抗体治療薬。
※3 非開裂のチオールリンカー: 抗体と薬剤を付加する際に、血中で分離しないような開裂しない(非開裂)結合様式を用いたもの。
※4 IR700: ケイ素フタロシアニン骨格を持った、水溶性の光感受物質。690nm 付近の波長の光を吸収し、700nm の蛍光を発する。
掲雑誌名:Bioengineering & Translational Medicine
論文タイトル:Near-infrared-induced drug release from antibody–drug double conjugates exerts a cytotoxic photo-bystander effect
著者:
Kazuomi Takahashi 1† , Hirotoshi Yasui 1, Shunichi Taki 1, Misae Shimizu 2, Chiaki Koike 2, Kentaro Taki 3, Hiroshi Yukawa 2,4,5, Yoshinobu Baba 4,5, Hisataka Kobayashi 6, Kazuhide Sato 1,2,4,7,8 † *
1 Respiratory Medicine, Nagoya University Graduate School of Medicine
2 Nagoya University Institute for Advanced Research, Advanced Analytical and Diagnostic Imaging Center (AADIC) / Medical Engineering Unit (MEU), B3 Unit
3 Division for Medical Research Engineering, Nagoya University Graduate School of Medicine
4 Nagoya University Institute of Nano-Life-Systems, Institutes of Innovation for Future Society
5 Department of Biomolecular Engineering, Nagoya University Graduate School of Engineering
6 Molecular Imaging Program, National Cancer Insitute, National Institutes of Health, USA
7 FOREST-Souhatsu, CREST, JST
8 Nagoya University Institute for Advanced Research, S-YLC† These authors are equally contributed to this work
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Bio_220822en.pdf
医学系研究科/高等研究院(B3ユニットフロンティア) 佐藤 和秀 特任講師
https://quantum-photoimmunotherapy.jp/member/