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医歯薬学

2022.09.21

"愛情ホルモン" オキシトシンが脂肪を燃やすための脳の神経路を発見 〜情動-自律神経連関のメカニズム解明や新たな肥満治療法の開発に可能性~

東海国立大学機構名古屋大学大学院・医学系研究科・統合生理学分野の福島章紘助教、片岡直也特任講師(名古屋大学高等研究院兼務)、中村和弘教授の研究グループは、脳内でオキシトシンが交感神経系を活性化し、脂肪組織における熱の産生を増加させる神経路をラットで発見しました。
オキシトシンは脳の視床下部の神経細胞で産生される神経ペプチド*1の一種で、出産や授乳、子育てや他個体との関わり合いなどで脳内および血中へ放出されることから、“愛情ホルモン”や“信頼ホルモン”とも呼ばれています。脳内に放出されたオキシトシンは、様々な脳領域の活動に影響を与えて、生物の行動を変化させる作用が知られています。これに加え、脳内のオキシトシンにはエネルギー消費量を上げ、体温を上昇させる作用もあることがこれまでの研究から知られていましたが、この作用が 『脳のどこで』 『どのような機構で』 発揮されているかはわかっていませんでした。
そこで同研究グループは、オキシトシンを産生する神経細胞(オキシトシンニューロン*2)に任意の遺伝子を発現させることができる新規のアデノ随伴ウイルスベクター*3を作製して、ラット視床下部の室傍核という領域のオキシトシンニューロンの軸索*4がどの脳領域に伸びているかを詳細に解析したところ、褐色脂肪組織*5の熱産生を駆動する吻側(ふんそく)延髄縫線核領域(rostral medullary raphe region、以下 rMR と略)という延髄の一部に伸びており、神経伝達することを見出しました。また、軸索の終末から放出されたオキシトシンが rMR に作用して交感神経系を活性化
することによって、褐色脂肪組織の熱産生を起こすとともに心拍数を増加させることを、光遺伝学的手法*6を組み合わせた生理学的な実験によって明らかにしました。加えて、寒冷刺激やストレスなどによる日常的な熱産生をオキシトシンが増強している可能性を示しました。
この研究結果は、自律神経機能を調節するオキシトシンニューロンの脳内伝達経路を解明したものであり、今後、社会行動時に引き起こされる情動表出に伴う自律神経反応(体温の上昇や心拍数の増加など)の神経メカニズムの解明に向けた研究への展開が期待されます。また、オキシトシンニューロンの機能不全がプラダー・ウィリー症候群などで見られる肥満の発症原因である可能性が示唆されており、本研究成果が新たな肥満治療法の開発につながる可能性があります。
本研究成果は「Cell Reports」(2022 年 9 月 20 日付電子版)に掲載されました。

 

【ポイント】

○視床下部室傍核のオキシトシンニューロンが、褐色脂肪熱産生を駆動する延髄縫線核領域のニューロン群に神経伝達することが明らかになりました。
○このオキシトシン神経路の活性化が交感神経系の活動を高め、褐色脂肪熱産生を誘導するとともに心拍数を増加させることが明らかになりました。
○本研究で明らかにされたオキシトシン神経路が、社会行動中に引き起こされる自律神経反応や、熱産生を通じた肥満予防に寄与している可能性が考えられます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1 神経ペプチド
神経細胞で産生され、伝達物質として働くペプチド(アミノ酸がつながった鎖)。オキシトシンは9つのアミノ酸が連なってできている。
*2 ニューロン
神経細胞のこと。神経単位とも呼ばれる。一般的にニューロンは、他の神経細胞から受け取った情報を軸索(下記*4)という情報伝播に特化した細長い突起構造を通じて次の神経細胞へ情報を送る。ここではオキシトシンを産生する神経細胞をオキシトシンニューロンと呼んでいる。
*3 アデノ随伴ウイルスベクター
標的細胞に目的の遺伝子を導入するベクター(運び屋)として組み換え型アデノ随伴ウイルスを利用したもの。アデノ随伴ウイルスに病原性がないため安全性が高く、近年、ヒトの遺伝子治療にも利用されている。
*4 軸索
ニューロンの細胞体から伸びる細長い突起構造。活動電位(神経の電気信号)を伝導することに特化した神経線維であり、人間の場合、長いものでは 1 メートルにもおよぶ(細胞体の大きさは数十マイクロメートル程度)。軸索は脳内を通過しながら、シナプス(下記*8)と呼ばれる情報伝達に特化した微小構造を介して他のニューロンへ情報を伝達する。
*5 褐色脂肪組織
脂肪細胞は大きく褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞に分けられる。白色脂肪細胞は脂肪を蓄える役割を持つのに対し、褐色脂肪細胞は脂肪を蓄えるだけでなく、分解して、そのエネルギーを熱に変える役割を持つ。食物から摂取した過剰のエネルギーを燃焼させ、肥満を防ぐ機能がある。褐色脂肪組織の熱産生は交感神経による調節を受けており、交感神経線維から放出されたノルアドレナリンが褐色脂肪細胞の受容体に結合すると、褐色脂肪細胞内のミトコンドリアで熱が作られる。作られた熱は血流に乗って全身へと運ばれていく。
*6 光遺伝学的手法
標的細胞に、特定の波長域の光に反応して開閉するイオンチャネルを発現させ、光を使って細胞の活動を人為的に操作する手法。今回の研究では ChIEF と呼ばれる光感受性イオンチャネル(興奮性オプシン)をオキシトシンニューロンに発現させた後、脳内に挿入した光ファイバーを通じて青色光を照射し、オキシトシンニューロンを活性化した。

*8 シナプス
神経細胞間で情報伝達を行うことに特化した近接構造。放出される伝達物質の種類によって、興奮性シナプスと抑制性シナプスに大別される。興奮性シナプスでは主にグルタミン酸が伝達物質として放出され、その受け手側の神経細胞にはグルタミン酸を受容する受容体が発現している。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Cell Reports
論文タイトル:An oxytocinergic neural pathway that stimulates thermogenic and cardiac sympathetic outflow
著者・所属:
Akihiro Fukushima1, Naoya Kataoka1,2, and Kazuhiro Nakamura1
1Department of Integrative Physiology, Nagoya University Graduate School of Medicine(名古屋大学大学院医学系研究科・統合生理学)
2Nagoya University Institute for Advanced Research(名古屋大学・高等研究院)
DOI:10.1016/j.celrep.2022.111380

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Cel_220921en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 中村 和弘 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/physiol2/