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医歯薬学

2022.09.16

メタボローム解析とトランスクリプトーム解析により孤発性封入体筋炎の病態を解明

名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野 雅央 教授、村上 あゆ香 医員(筆頭研究者)の研究グループは、名古屋大学大学院医学系研究科分子生物学の門松 健治 教授、名古屋大学環境医学研究所発生遺伝分野の荻 朋男 教授、名古屋大学大学院医学系研究科システム生物学分野の島村徹平 教授との共同研究で、高齢者に最も頻度の高い筋炎である孤発性封入体筋炎(sIBM)※1 の病態に肥満細胞※2 とコンドロイチン硫酸※3 が関係していることを明らかにしました。
sIBM は骨格筋の炎症を特徴とする炎症性ミオパチー※4 の一種であり、病状の進行によって歩行障害や嚥下障害を引き起こします。現時点では病気の進行を抑える治療法がないため、病気の進行により引き起こされる移動能力の低下や誤嚥性肺炎を避けることができません。sIBM は骨格筋に炎症の浸潤が認められることに加え、筋線維内への蛋白蓄積が認められることが特徴ですが、その病態には不明な点が多く、治療法開発のためにより詳細な病態解明が求められています。勝野教授らの研究チームは、メタボローム解析※5(代謝解析)とトランスクリプトーム解析※6(RNA解析)という 2 つの解析手法を組み合わせることで、sIBM の骨格筋でのヒスタミン生合成の亢進とコンドロイチン硫酸の分解障害を同定しました。さらに、病理学的検討により、sIBM 患者の骨格筋ではヒスタミンを放出する肥満細胞が増加しており、間質にコンドロイチン硫酸が蓄積していることを確認しました。
本研究の結果から、sIBM の病態には肥満細胞とコンドロイチン硫酸が関与しており、新たな治療標的となる可能性が示唆されました。米国科学雑誌「Annals of Clinical and Translational Neurology」
(2022 年 9 月 15 日付の電子版)に掲載されました。

 

【ポイント】

○孤発性封入体筋炎(sIBM)は高齢者に頻度の高い炎症性ミオパチーであり、緩徐進行性の筋力低下をきたす神経難病である。
○sIBM は骨格筋の炎症と蛋白蓄積による変性が特徴であるが、従来の炎症を抑制する治療への反応性が乏しく、新たな治療薬開発のための病態解明が必須である。
○本研究により、sIBM の骨格筋に肥満細胞の浸潤によるヒスタミン生合成の亢進とコンドロイチン硫酸の分解障害による間質への蓄積が認められることを発見した。
○肥満細胞とコンドロイチン硫酸は sIBM の治療標的になりうる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 孤発性封入体筋炎(sIBM):高齢者に多い筋肉の病気の名称。骨格筋に異常な蛋白質が蓄積するとともに、炎症が生じることにより、手足やのど筋肉が徐々に衰える進行性の難病です。
※2 肥満細胞:アレルギーなどに関与する細胞。アレルギーの原因となる物質などに刺激されると、ヒスタミンなどの化学伝達物質を放出します。
※3 コンドロイチン硫酸:動物体内にみられるグリコサミノグリカン(ムコ多糖)の一種。軟骨をはじめ皮膚や脳など様々な組織に含まれます。
※4 炎症性ミオパチー:骨格筋になんらかの炎症を認める筋疾患の総称です。筋の炎症により筋力低下や嚥下障害を起こします。
※5 メタボローム解析:代謝物(メタボライト)の総体をメタボロームと呼び、生体内でのメタボロームの増減を、網羅的に解析する手法をメタボローム解析と呼びます。一般的には、生体組織からメタボライトの抽出や濃縮等の前処理操作を行った後、ガスクロマトグラフィー質量分析、ガスクロマトグラフィータンデム質量分析、液体クロマトグラフィータンデム質量分析等を用いてメタボロームの測定を行います。
※6 トランスクリプトーム解析:トランスクリプトームは転写により生成した、細胞内に存在する mRNA の総称です。ゲノム DNA からタンパク質へ発現される際の中間物質(転写産物)である mRNA を解析することで、組織での遺伝子発現の程度を知ることができます。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Annals of Clinical and Translational Neurology
論文タイトル:Metabolome and transcriptome analysis on muscle of sporadic inclusion body myositis
著者:Ayuka Murakami, MD,1, 2 Seiya Noda, MD, PhD,1, 2 Tomoyuki Kazuta, MD,1, 2 Satoko Hirano, MD, 1, 2 Seigo Kimura, MD,1, 2 Hirotaka Nakanishi, MD, PhD,3 Koji Matsuo, MD,4 Koyo Tsujikawa, MD,1 Madoka Iida, MD, PhD,1 Haruki Koike, MD, PhD,1 Kazuma Sakamoto, MD, PhD,5, 6 Yuichiro Hara, PhD,7, 8 Satoshi Kuru, MD, PhD,2 Kenji Kadomatsu, MD, PhD,5, 6 Teppei Shimamura, PhD, 9 Tomoo Ogi, PhD, 7, 8 Masahisa Katsuno, MD, PhD1, 10
所属:
1Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2Department of Neurology, National Hospital Organization Suzuka Hospital, Suzuka, Japan
3Department of Neurology, Yokkaichi Municipal Hospital, Yokkaichi, Japan
4Department of Neurology, Kariya Toyota General Hospital, Kariya, Japan
5Department of Biochemistry, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
6Institute for Glyco-Core Research (iGCORE), Nagoya University, Nagoya, Japan
7Department of Genetics, Research Institute of Environmental Medicine (RLeM), Nagoya University, Nagoya, Japan
8Department of Human Genetics and Molecular Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
9Division of Systems Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan 10Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
DOI:10.1002/acn3.51657

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Ann_220916en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 勝野 雅央 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/neurology/