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医歯薬学

2022.10.11

薬剤による球脊髄性筋萎縮症患者の運動機能改善 ―ヒトの病態に即した治療法開発―

名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野 雅央 教授、山田 晋一郎 医員(筆頭研究者)、同・臨床研究教育学の橋詰 淳 講師らの研究グループは、神経難病の球脊髄性筋萎縮症(SBMA)※1 について、寒冷で増強する運動症状(寒冷麻痺)の詳細を検討し、その背景にある Na 電流※2 異常を是正するメキシレチン塩酸塩※3 を内服することによって、一部の運動機能を改善させられる可能性があることを明らかにしました。
SBMA は、成人男性において進行性の筋萎縮・筋力低下を呈する神経筋疾患です。これまでに、遺伝的要因により変異アンドロゲン受容体(AR)蛋白質が運動ニューロン※4 や筋肉の変性(弱ること)を起こすことが明らかとなり、それに対する治療法の開発によって症状の進行が緩やかになることが示されてきました。しかし、筋力の改善効果を示す薬剤は見出されておらず、患者さんの ADL※5 や QOL※6 を向上させる治療法の開発が急務でした。
勝野教授らの研究グループは、SBMA 患者のほとんどが寒冷で増強する運動症状を自覚しており、日常生活の大きな妨げとなっていることに着目し、寒冷曝露が運動機能や神経伝導検査※7 に及ぼす影響を検討しました。その結果、運動障害の病態が、運動ニューロンや骨格筋における Na 電流異常によることを見出し、Na チャネルを抑制する薬剤の投与により運動症状を改善できる可能性があると考え、特定臨床研究※8 として「球脊髄性筋萎縮症患者に対するメキシレチン塩酸塩経口摂取の有効性及び安全性を検討する多施設共同ランダム化※9 二重盲検クロスオーバー比較試験※10」を実施し、メキシレチン塩酸塩の内服によって上肢の運動機能や舌圧を改善させることを明らかにしました。
本研究の結果から、メキシレチン塩酸塩は SBMA 患者の運動機能の一部を改善し、短期的には安全に使用できる可能性が示唆されました。米国科学雑誌「Annals of Clinical and Translational Neurology」(2022 年 10 月 8 日付の電子版)に掲載されました。

 

【ポイント】

○ SBMA では手足の筋力が低下するが、それを緩和する治療法はなかった。
○ SBMA 患者の多くは寒冷で増強する運動症状(寒冷麻痺)を自覚しているが、その実態は不明であった。この音成分の短時間刺激により、皮膚血流が改善されることが分かりました。
○ 本研究により、寒冷麻痺は SBMA 患者が不可逆的な筋力低下を自覚する前から生じる前ぶれ症状の一つであり、背景に Na 電流異常が存在することが示唆された。
○ Na 電流異常を是正するメキシレチン塩酸塩を内服することにより、一部の運動機能が改善した。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 球脊髄性筋萎縮症:アンドロゲン受容体の遺伝子変異により運動ニューロン(運動神経)や筋肉が弱り、筋肉のやせ(萎縮)や筋力低下が進行する神経難病。男性成人にのみ発症することが特徴。
※2 Na 電流:神経や筋細胞は、細胞膜にあるイオンチャネル(電気を帯びた原子または原子団であるイオンが通過する孔)やイオンを輸送するポンプによって、一定の電位に保たれており、細胞が信号を受け取ると、イオンチャネルの働きにより Na イオンが細胞膜の内側に入り、電流が生じます。
※3 メキシチレン塩酸塩:ナトリウムチャネル抑制作用により、不整脈や慢性疼痛に用いられています。
※4 運動ニューロン(運動神経): 骨格筋を支配する神経細胞であり、大脳から脊髄へ信号を伝える上位運動ニューロンと、脊髄から筋肉へ信号を伝える下位運動ニューロンの 2 種類に大別されます。SBMA では下位運動ニューロンが変性します。
※5 ADL(Activities of Daily Living):移動・排泄・食事・更衣・洗面・入浴などの日常生活動作を意味します。
※6 QOL(Quality of Life):治療や療養生活を送る患者さんの肉体的、精神的、社会的、経済的、すべてを含めた生活の質を意味します。
※7 神経伝導検査:手足の神経を皮膚の上から電気的に刺激することによって、末梢神経を伝わる電気的活動を測定します。
※8 特定臨床研究:医薬品等を人に対して用いることにより、有効性や安全性を明らかにする臨床研究のなかでも「医薬品等製造販業者又はその特殊関係者から研究資金等の提供を受けて実施する臨床研究」または「未承認又は適応外の医薬品等を用いて実施する臨床研究」のいずれかを満たすものと定められ、臨床研究法の基準を遵守する義務が課せられています。
※9 ランダム化:臨床試験の参加者を目的治療群(試験薬を投与して効果を調べる群)と対照群(対照薬あるいは本物の薬と見分けがつかないが有効成分が入っていないプラセボを投与する群)のどちらに割り付けるかについて、乱数表などを用いてランダムに決定する手法のことです。
※10 二重盲検クロスオーバー比較試験:患者や医師を含めた試験実施に関わるすべての人間が、どんな薬を投与するのか一切知らずに行われる方法であり、 薬剤の治療効果や有効性を確かめるための比較試験として一般的な方法です。クロスオーバー試験は、そのなかでも同一患者に時期を変えて異なる薬物を投与する試験です。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Annals of Clinical and Translational Neurology
論文タイトル:Mexiletine in Spinal and Bulbar Muscular Atrophy: A Randomized Controlled Trial
著 者 : Shinichiro Yamada1, Atsushi Hashizume1,2, Yasuhiro Hijikata1, Tomonori Inagaki1, Daisuke Ito1, Yoshiyuki Kishimoto1, Fumie Kinoshita3, Akihiro Hirakawa4, Shinobu Shimizu3, Tomohiko Nakamura5, and Masahisa Katsuno1,2
所属:
1 Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2 Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
3 Department of Advanced Medicine, Nagoya University Hospital, Nagoya, Japan
4 Department of Clinical Biostatistics, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Tokyo Medical and Dental University, Tokyo, Japan
5 First Department of Medicine, Hamamatsu University School of Medicine, Hamamatsu, Japan
DOI:10.1002/acn3.51667

 

本研究について
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的医療シーズ実用化研究事業および難治性疾患実用化研究事業等の支援を受けて実施いたしました。

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Ann_221011en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 勝野 雅央 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/neurology/