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医歯薬学

2022.10.11

制御性 T 細胞のがん組織における活性化プログラムのキーとなる分子を発見 制御性 T 細胞を標的とした新規免疫療法の開発へ

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区、以下国立がん研究センター)と名古屋大学の研究チームは、がんの進展や PD-1/PD-L1 阻害薬の治療抵抗性に関与しているものの、がん組織内での活性化のメカニズム等の詳細が解明されていない制御性 T 細胞について、微量な組織で解析できる新たな手法を開発し、肺がん組織内の制御性 T 細胞を 1 細胞レベルで詳細に解析した結果、がんの組織内の制御性 T 細胞の多様性と、がん組織内で制御性 T 細胞が活性化していくプログラムを解明しました。今後、制御性 T 細胞を標的とした、新規のがん免疫治療の開発につながることが期待されます。
PD-1/PD-L1(注 3)阻害薬を始めとした免疫チェックポイント阻害薬は、2014 年に悪性黒色腫で保険適用されて以降、肺がんや胃がんなどの多様ながん種の治療に用いられています。一方で、PD-1/PD-L1 阻害薬の治療効果の認められる患者さんは全体の 2 割程度と少なく、治療が奏効しないメカニズムの探求と、そのメカニズムに基づく新たな治療法の開発が求められています。

 

本研究では、解析が難しいとされてきた生検組織などの微量ながん組織を用いた 1 細胞レベルの解析手法を開発しました。本手法を用いて、血液や正常肺組織、非小細胞肺がんの組織に存在する制御性 T 細胞の網羅的解析を行い、がんの組織に存在する制御性 T 細胞が特徴的なクロマチン(注 4)構造と遺伝子発現制御機構を持っていることを見出しました。さらに、転写因子の BATF が、クロマチン構造をリモデリング(注 5)する機能を介して、がん組織における制御性 T 細胞の活性化プログラムの中核を担っていることを発見しました。
本研究は、国立がん研究センター 研究所 腫瘍免疫研究分野 板橋 耕太 研究員、西川博嘉 分野長(名古屋大学大学院医学系研究科 微生物・免疫学講座 分子細胞免疫学 教授併任)の研究チームで実施しました。研究の一部は小野薬品工業株式会社との共同研究として実施され、研究の一部は MSD 株式会社の支援により実施されました。
本研究成果は、米国科学雑誌「Science Immunology」に、2022 年 10 月 7 日付け(日本時間 2022年 10 月 8 日)に掲載されました。

 

【ポイント】

● 制御性 T 細胞(注 1)は、がんの進展や PD-1/PD-L1 阻害薬の治療抵抗性に関与していることが分かっていますが、がん組織内で活性化する詳細なメカニズムはこれまで分かっていませんでした。
● 本研究では、生検組織などの微量ながん組織を用いて 1 細胞レベルで遺伝子発現とその制御機構を解析する新規手法を開発して、ヒトの血液、正常肺組織、肺がん組織に存在する免疫抑制性の制御性 T 細胞を詳細に解析することに成功しました。
● 転写因子(注 2)の BATF が、肺がん組織内の制御性 T 細胞の遺伝子発現制御機構を再構築することにより、制御性 T 細胞ががん組織に適合して活性化するためのプログラムの中核として働いていることを発見しました。
● 本研究成果により、開発が難しいとされてきた制御性 T 細胞を標的とした新規免疫治療開発につながることが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注 1) 制御性 T 細胞:
制御性 T 細胞は、CD4 陽性 T 細胞の一種で、転写因子の FoxP3 がマスターレギュレーターとして知られています。本来は、自己に対する免疫応答を抑制(免疫寛容)し、自己免疫疾患などにならないように働いています。がんにおいては、がんを攻撃する免疫細胞の働きを阻害することで、がんに対する免疫応答を抑制しています。

 

注 2) 転写因子:
特定の DNA 配列に結合して、遺伝子の発現を制御するタンパク質。T 細胞の分化の運命決定にも寄与することがあります。

 

注 3) PD-1/PD-L1 阻害薬:
PD-1 は免疫細胞上に発現する免疫チェックポイント分子であり、樹状細胞やがん細胞に発現する PD-L1 や PD-L2 と結合することで、免疫細胞の働きを抑制します。PD-1/PD-L1 阻害薬治療により PD-1 が PD-L1 と結合しなくなることで、免疫細胞が本来の働きを取り戻し、がん細胞を攻撃するようになると考えられています。

 

注 4) クロマチン:
細胞核内の、ヒストンなどの様々なタンパク質と DNA の複合体。

 

注 5) (クロマチン)リモデリング
クロマチン構造が変化すること。

 

【論文情報】

雑誌名:
Science Immunology
タイトル:BATF epigenetically and transcriptionally controls the activation program of regulatory T cells in human tumors
著者:Kota Itahashi1, Takuma Irie 1, Junichiro Yuda 1,2, Shogo Kumagai1,3, Tokiyoshi Tanegashima1, Yi-Tzu Lin1,3, Sho Watanabe1, Yasushi Goto4, Jun Suzuki5, Keiju Aokage5, Masahiro Tsuboi5, Yosuke Minami2, Genichiro Ishii6, Yuichiro Ohe4, Wataru Ise7,8, Tomohiro Kurosaki8,9,10, Yutaka Suzuki11, Shohei Koyama1, and Hiroyoshi Nishikawa1, 3
所属:1Division of Cancer Immunology, Research Institute/Exploratory Oncology Research & Clinical Trial Center (EPOC), National Cancer Center, Tokyo 104-0045/Chiba 277-8577, Japan, 2Department of Hematology, National Cancer Center Hospital East, Chiba 277-8577, Japan,
3Department of Immunology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466–8550, Japan, 4Department of Thoracic Oncology, National Cancer Center Hospital, Tokyo 104-0045, Japan, 5Department of Thoracic Surgery, National Cancer Center Hospital East, Chiba 277-8577, Japan, 6Division of Pathology, National Cancer Center Hospital East, Chiba 277-8577, Japan, 7Regulation of host defense team, Division of Microbiology and Immunology, Center for Infectious Disease Education and Research, Osaka University, Osaka 565-0871, Japan, 8Laboratory of Lymphocyte Differentiation, WPI Immunology Frontier Research Center, Osaka University, Osaka 565-0871, Japan,9 Division of Microbiology and Immunology, Center for Infectious Disease Education and Research, Osaka University, Osaka 565-0871, Japan,10 Laboratory for Lymphocyte Differentiation, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences (IMS), Kanagawa 230-0045, Japan, 11Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo, Chiba 277-8562, Japan.
掲載日:2022 年 10 月 7 日(日本時間 2022 年 10 月 8 日)
DOI:10.1126/sciimmunol.abk0957

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 西川 博嘉 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/micro-immunology/immunology/