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医歯薬学

2022.10.27

球脊髄性筋萎縮症の早期病態を解明:女性保因者に着目して発症前の変化に挑む

名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野 雅央 教授、鳥居 良太 客員研究者(筆頭研究者)、同・臨床研究教育学の橋詰 淳 講師らの研究グループは、神経難病の球脊髄性筋萎縮症(SBMA)※1 について、その女性保因者※2 と男性早期患者を詳細に検討し、SBMA の女性保因者にも軽度の症状があること、そしてその病態が主に神経原性変化※3 に基づくものであることを解明しました。
SBMA は成人に発症する X 連鎖性の遺伝形式をとる神経難病で、運動神経が弱ること(神経原性変化)と筋肉が弱ること(筋原性変化)の両方が病気に関わると考えられています。SBMA 患者の主な症状は手足や顔の筋萎縮や筋力低下で、30 歳から 60 歳ころに発症します。多くの場合、その10 年以上前から前駆症状として手の震えや有痛性筋けいれん※4 を認めることも知られています。男性のみに発症し、男性と同じ遺伝子変異を持っている女性(女性保因者)は病気を発症しません。その理由として、この病気の発症には男性ホルモンの一種であるテストステロンが強く関わっているため、その分泌が非常に少ない女性には通常症状が出ないと考えられています。
勝野教授らの研究チームは、SBMA 女性保因者・男性早期患者を健常者の臨床症状、血液バイオマーカー※5 や電気生理学的検査※6 等を比較検討することで、SBMA の早期病態を探りました。SBMA 女性保因者を詳細に診察したところ、特に頸部の筋力が低下傾向であることが分かり、前駆症状である手の震えや有痛性筋けいれんがあることが健常者に比べて多いことが分かりました。また、複数の電気生理学的検査の結果から、神経原性変化を示す所見が得られましたが、筋原性の変化はみられませんでした。一方 SBMA 患者では、早期患者でも、それら神経原性変化に加えて、血清クレアチンキナーゼ※7(CK)値の上昇など、筋原性変化※8 を示す結果も認められました。
本研究の結果から、SBMA では、今まで症状がないと考えられていた女性保因者にも軽い症状があること、そしてその早期病態には神経原性変化が中心的に関与していることが示唆されました。この変化は、思春期前の発症前男性患者にも生じている可能性があります。本研究成果は米国科学雑誌「Neurology」に掲載されます。

 

【ポイント】

○SBMA は成人男性に発症する神経筋疾患の 1 つで、通常女性には発症しないと考えられている。
○SBMA は多くの場合、成人期に筋力低下や筋萎縮で発症するが、その 10 年以上前から手の震えや有痛性筋けいれんなどの症状が先行することが知られている。
○本研究では、SBMA 女性保因者・男性早期患者を男女の健常者と比較検討することで、SBMAの早期病態を探った。
○SBMA では、女性保因者にも軽度な筋力低下や検査上の異常があり、それらは神経原性変化に基づくものであろうことがわかった。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1 球脊髄性筋萎縮症:徐々に筋力が低下し筋肉がやせることを特徴とする遺伝性の神経難病の1 つ。脳の一部や脊髄の障害によっておこると考えられています。日本全国で 2,000~3,000 人くらいの患者さんがいると推定されています。

 

※2 保因者:私たちの体の中には、23 組 46 本の染色体があり、父親と母親から、それぞれ半分ずつ受け継ぎます。保因者とは、2 本の染色体のうち 1 本に病気の原因となる遺伝子異常を持ちながら、病気を発症していない人のことを指します。

 

※3 神経原性変化:例えば手足を動かす場合には、脳から運動神経、筋肉の順で指令が伝わり動きが生まれます(運動単位)。その運動単位の中で、運動神経が障害された際に生じる変化を神経原性変化と言います。

 

※4 有痛性筋けいれん:こむら返りという言葉でも知られています。強い痛みとともに筋肉が勝手にけいれんを起こす状態で、特にふくらはぎに起こる頻度が高いと言われています。

 

※5 バイオマーカー:病気の有無、症状の変化、治療の効果などの指標となる項目や、体の中にある物質そのもののことを指します。客観的に評価できる項目・物質であることが重要です。

 

※6 電気生理学的検査:神経や筋肉の活動には電気的な性質が関与しています。その電気的性質を利用して、神経や筋肉の機能を調べる検査を電気生理学的検査と言います。

 

※7 クレアチンキナーゼ:筋肉を収縮させることに関連する物質の一種で、主には筋肉内に存在します。何かしらの理由で筋肉が壊れることにより血液中に出てくるため、様々な筋肉の病気で高い値になることが知られています。

 

※8 筋原性変化:神経原性変化に対して、筋肉自体が障害された際に生じる変化を筋原性変化と言います。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Neurology
論文タイトル:Clinical features of female carriers and prodromal male patients with spinal and bulbar muscular atrophy
著者:Ryota Torii, MD1; Atsushi Hashizume, MD, PhD1, 2; Shinichiro Yamada, MD, PhD1; Daisuke Ito, MD, PhD1; Yoshiyuki Kishimoto, MD, PhD 1, 2; Hideyuki Moriyoshi, MD1; Tomonori Inagaki, MD1; Ryoichi Nakamura, MD, PhD3; Tomohiko Nakamura, MD, PhD4; Tameto Naoi, MD, PhD5; Mitsuya Morita, MD, PhD5, and Masahisa Katsuno1,2
所属:
1. Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
2. Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
3. Department of Neurology, Aichi Medical University, Nagakute, Aichi, Japan
4. Department of Neurology, Hamamatsu University school of Medicine, Hamamatsu, Shizuoka, Japan
DOI:10.1212/WNL.0000000000201342

 

本研究について
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業等の支援を受けて実施いたしました。

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Neu_221027en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 勝野 雅央 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/neurology/