名古屋大学大学院医学系研究科腎臓内科学の北井啓己 大学院生・客員研究員(筆頭著者、現在 米国デューク大学 博士研究員)、加藤規利 講師(責任著者)、丸山彰一 教授、分子生物学の門松健治教授、分子腫瘍学の鈴木洋 教授(責任著者)らの研究グループは、全身性エリテマトーデス(SLE)※1 の病態において2つのマイクロ RNA※2 の異常が重要であることを見出し、さらに、統合的バイオインフォマティクス※3 を通じて、2つのマイクロ RNA の働く仕組みの多様性と、進化的変遷の特徴を明らかにしました。
マイクロ RNA は、長さ約 22 塩基の小さな RNA で、さまざまな標的 mRNA に結合することで標的 mRNA を抑制し、その調節異常は多くの疾患に関与しています。
本研究では、難治性の自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)に注目し、SLE の病態に関係するマイクロ RNA を同定しました。SLE マウスモデルの解析から、マイクロ RNA-128・マイクロ RNA-148a という 2 つのマイクロ RNA の発現低下が、この2つのマイクロ RNA 両方の標的遺伝子である KLF4 の発現上昇につながり、SLE の病態に関係する炎症性サイトカイン※4 の産生を引き起こす可能性を見出しました。
従来、1つのマイクロ RNA が標的遺伝子を抑制する効果は小さく、2つ以上のマイクロ RNA が同じ標的遺伝子の「違う配列」に結合することで協調的に遺伝子を抑制することが注目されてきました。一方で、本研究で同定されたマイクロ RNA-128 とマイクロ RNA-148a は、配列が似ており、同じ標的遺伝子の「重複した配列」に付加的に作用することで遺伝子抑制の可能性を高めることを明らかにしました。本研究グループは、マイクロ RNA-128・マイクロ RNA-148a と KLF4 の関係性がヒトでもシーラカンスでも同じようにみられることに着目し、2つのマイクロ RNA の働く仕組みの多様性と、進化的変遷の特徴を詳細に解析しました。この結果、興味深いことに、マイクロRNA が制御する標的 mRNA の標的配列には、ヒトからシーラカンスまで幅広く保存されたものと、ヒトから有袋類までの哺乳類に保存されたものの大きな2つのグループがあり、より保存されたものほど「違う配列」と「重複した配列」両方の様式を通じて、複数(2つ以上)のマイクロ RNA による制御を受けやすいことが明らかになりました。
SLE はいまだに 10-30%の患者さんが末期腎不全にいたる難治性自己免疫疾患であり、本研究結果はその病態のより詳細な理解につながることが期待されます。さらに、こうした複数のマイクロRNA による遺伝子制御の理解は、SLE のみならず、他疾患の病態の詳細な解明や、マイクロ RNAを応用した核酸医薬の精密な制御につながることも期待されます。
本研究成果は「BMC Biology」(2022 年 11 月 11 日付電子版)に掲載されました。
○難治性自己免疫性疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)は、効果の高い治療の開発に難渋しており、その病態の詳細を明らかにすることは非常に重要です。
○SLE マウスモデルにおいて、2つのマイクロ RNA(マイクロ RNA-128・マイクロ RNA-148a)の低下が炎症応答を促進することを見出しました。
○2つのマイクロ RNA が標的遺伝子を調節する仕組みの新しい様式について、その詳細な特徴を明らかにしました。
○マイクロ RNA が制御する標的 mRNA の標的サイトには、ヒトからシーラカンスまで幅広く保存されたものと、ヒトから有袋類までの哺乳類に保存されたものの大きな2つのグループがあり、より保存されたものほど2つ以上のマイクロ RNA による制御を受けやすいことが明らかになりました。
○複数のマイクロ RNA による遺伝子制御の理解は、SLE のみならず、他疾患の病態の詳細な解明や、マイクロ RNA を応用した核酸医薬の精密な制御につながることも期待されます。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
※1 全身性エリテマトーデス(SLE)
この病気は、英語で systemic lupus erythematosus といい、SLE と略して呼ばれます。lupus erythematosus とは、狼に噛まれた痕のような赤い紅斑が出現することから名付けられました(lupus、ループス:ラテン語で狼の意味)。皮膚症状の他にも、全身のさまざまな臓器(特に、腎臓、関節、神経)に、多彩な症状を引き起こします。 病気の原因は不明ですが、20-40 歳台の女性に発症しやすいことが知られています。治療にも関わらず、腎不全が進行し、維持透析や腎移植を必要とする場合もある、国の指定難病の一つです。
※2 マイクロ RNA(microRNA, miRNA)
マイクロ RNA は 21-25 塩基長の1本鎖 RNA 分子であり遺伝子の転写後発現調節に関与します。ヒトゲノムには 1000 以上のマイクロ RNA がコードされていると考えられています。一般に標的遺伝子の 3'非翻訳領域に結合して、標的 mRNA を抑制します。
※3 バイオインフォマティクス
バイオインフォマティクスとは、DNA や RNA、タンパク質といった生命が持つ様々な「情報」を対象に、情報科学や統計学などを駆使し、またそれらを用いた分析から生命現象を解き明かしていくことを目的とした学問分野です。
※4 サイトカイン
細胞から分泌されるタンパク質であり、細胞同士のやりとりに関係する生理活性物質のことです。標的細胞にシグナルを伝達することで、細胞の増殖、分化、細胞死など様々な細胞応答を引き起こします。特に免疫や炎症に関係したものが多く知られています。
掲雑誌名:BMC Biology
論文タイトル:Systematic characterization of seed overlap microRNA cotargeting associated with lupus pathogenesis
著者:
Yoshino2, Eri Koshi1,2, Shoma Tsubota3, Yoshio Funahashi1, Takahiro Maeda4, Kazuhiro Furuhashi1, Takuji Ishimoto1, Tomoki Kosugi1, Shoichi Maruyama1, Kenji Kadomatsu3,5, and Hiroshi I. Suzuki2,5* (*責任著者)
所属:
1 Department of Nephrology, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, Aichi 466-8550, Japan.
2 Division of Molecular Oncology, Center for Neurological Diseases and Cancer, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, Aichi 466-8550, Japan.
3 Department of Biochemistry, Nagoya University Graduate School of Medicine, 65 Tsurumai-cho, Showa-ku, Nagoya, Aichi 466-8550, Japan.
4 Department of General Medicine, Nagasaki University Graduate School of Biomedical Sciences, 1-7-1 Sakamoto, Nagasaki, Nagasaki 852-8501, Japan
5 Institute for Glyco-core Research (iGCORE), Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, AIchi 464-8601, Japan.
DOI:10.1186/s12915-022-01447-4
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/BMC_221111en.pdf
大学院医学系研究科 鈴木 洋 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/oncology/mol-oncology/