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生物学

2022.12.08

植物の二酸化炭素センサーを世界で初めて同定 ~植物の水利用効率や大気CO2の吸収を増進する技術開発に期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の高橋 洋平 特任准教授と、カリフォルニア大学サンディエゴ校(アメリカ)のジュリアン シュローダー 教授らは、モデル植物シロイヌナズナ注1)を用いた解析により、2種類の遺伝子にコードされる蛋白質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ)注2)が互いに結合または解離することによって、植物が二酸化炭素(CO2)濃度の変化を感知していることを世界で初めて明らかにしました
植物は、気孔注3)と呼ばれる体表の小孔を介して、光合成の材料であるCO2の取り入れや水の蒸散をおこないます。気孔は、様々な環境刺激に応答して素早く開閉し、植物のCO2吸収や効率的な水利用に重要な役割を担います。
本研究では、モデル植物シロイヌナズナの気孔ではたらく2種類の蛋白質(プロテインキナーゼMPK4/12とHT1)が、CO2に依存して互いに結合することを見出し、突然変異体を用いた解析などから、このMPK4/12-HT1複合体がCO2を感知して気孔開閉を引き起こすことを証明しました。本研究成果は、長らく不明だった植物のCO2センサー注4)を同定し、その作用機構を解明したもので、植物の水利用効率注5)や大気CO2吸収の増進に向けた将来の新技術開発の起点としても期待されます。
本研究成果は、2022年12月8日午前4時(日本時間)付アメリカ科学誌「Science Advances」でオンライン公開されました。

 

【ポイント】

・長らく不明だった植物の気孔における二酸化炭素センサーを世界で初めて同定。
・2種類の蛋白質の結合による植物のユニークなCO2感知機構を解明。
・植物の水利用効率や大気CO2の吸収を増進する技術開発の起点となる可能性がある。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)シロイヌナズナ:
世界中の研究機関で使用されているアブラナ科の被子植物で、全遺伝子のDNA配列や蛋白質のアミノ酸配列、それらの生理機能や研究文献などがデータベースとして蓄積されている。

 

注2)蛋白質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ):
動植物を通じてよく保存されている蛋白質で、細胞内のエネルギー通貨であるATPを利用して他の蛋白質にリン酸基を付加することにより、それらの蛋白質の活性や局在、相互作用などを調節する重要な役割を担う。創薬における重要な標的分子でもある。

 

注3)気孔:
植物の体表に存在する一対の孔辺細胞から形成される小孔で、大気からCO2や酸素を取り込み、蒸散により水分子を大気へ放出する。孔辺細胞は、光などの刺激に応答して体積を変化させ、気孔開度を調節している。陸上植物が約4億年前に気孔を獲得し、光合成の材料である二酸化炭素を効率的に取り込めるようになったことは、陸上植物の進化と繁栄だけでなく、地球の大気組成にも大きく影響したと考えられる。

 

注4)植物のCO2センサー:
植物の気孔がCO2に応答することは100年以上前に記載されており、多くの陸上植物がCO2を感じる装置を普遍的に備えていると考えられるが、その実体は長らく不明であった。

 

注5)植物の水利用効率:
光合成により同化されるCO2の量と蒸散により失われる水の量の比で、植物が水を利用する効率を示す。多くの陸上植物では、1分子のCO2を固定するために300以上の水分子が失われる。

 

【論文情報】

雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Stomatal CO2/bicarbonate Sensor Consists of Two Interacting Protein Kinases, Raf-like HT1 and non-kinase-activity requiring MPK12/MPK4(気孔のCO2/bicarbonateセンサーはRaf-like HT1とキナーゼ活性を必要としないMPK12/MPK4の2つの相互作用プロテインキナーゼにより構成される)
著者:Yohei Takahashi, Krystal C. Bosmans, Po-Kai Hsu, Karnelia Paul, Christian Seitz, Chung-Yueh Yeh, Yuh-Shuh Wang, Dmitry Yarmolinsky, Maija Sierla, Triin Vahisalu, J. Andrew McCammon, Jaakko Kangasjarvi, Li Zhang, Hannes Kollist, Thien Trac and Julian I. Schroeder ※本学関係教員は下線      
DOI:10.1126/sciadv.abq6161
URL: www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abq6161

 

※【WPI-ITbM について】
(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012 年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
ITbM では、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究を行うミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発を行い、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで 10 年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPI アカデミー」のメンバーに認定されました。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所 高橋 洋平 特任准教授
http://plantphys.bio.nagoya-u.ac.jp/