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数物系科学

2022.12.09

電子が質量を失って液晶になる物質を発見 -固体内で絡み合う電子が織りなす新物性に期待-

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科理学専攻物理科学領域の山川洋一講師、大成誠一郎准教授、紺谷浩教授らは、理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発物性計測研究チームのクリストファー・J・バトラー研究員、幸坂祐生上級研究員(研究当時、現創発物性計測研究チーム客員研究員、京都大学大学院理学研究科教授)、花栗哲郎チームリーダーの国際共同研究グループと共に、バリウムとニッケルの硫化物BaNiS2において、質量を持たない電子(ディラック電子[1])とあたかも液晶[2]のように振る舞う電子が共存していることを発見しました。
本研究成果は、非常に珍しい電子状態であり、全く新しい物性を実現する舞台として期待できます。
結晶構造が特別な幾何学的対称性[3]を持つ物質や、電子状態がトポロジー[4]的に非自明[5]な物質では、電子の質量がゼロになることがあります。一方、電子間の斥力相互作用(電子相関[6])が強い遷移金属化合物[7]では、高温超伝導[8]やさまざまな磁性など、非自明で役に立つ現象が観測されます。これらの対称性・トポロジーに立脚した物質の研究と電子相関の研究は、現代物性物理の二大潮流ですが、それぞれの効果が著しい物質は異なっている場合が多く、両者の共存・競合を研究することは困難でした。
今回、国際共同研究グループは、BaNiS2では、質量を失ったディラック電子と電子相関によって生じた液晶のように方向性を持った電子が共存していることを走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)[9]を用いた実験とその理論解析から明らかにしました。これにより、対称性・トポロジーと電子相関が織りなす創発現象探索の扉が開かれたことになります。
本研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』オンライン版(12月2日付)に掲載されました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】                           

[1] ディラック電子
電子の運動を記述する基本方程式であるディラック方程式に従って運動する、質量のない電子のこと。通常の質量を持つ電子の運動は、より簡便なシュレーディンガー方程式で近似的に記述できる。固体中の電子の質量は実効的に真空中の値から変化し、時には質量を失う場合がある。この場合は近似が成り立たず、ディラック方程式で記述しなければならない。

 

[2] 液晶
液体と固体の中間のような状態。液体は流動性を持ち系は均一であるが、固体状態では構成要素が離散的・規則的に固定されているので、並進や回転に関する連続対称性が破れている。液晶状態では、流動性を持ちつつも何らかの対称性が破れている。回転対称性が破れて系が方向性を持つような液晶状態は、ネマティック状態と呼ばれている。

 

[3] 幾何学的対称性
例えば、正三角形は120°回転すると元に戻ったり、頂点から対辺に下ろした垂線に対して左右対称だったりする性質を持つ。これらの合同操作を幾何学的対称性と呼ぶ。幾何学的対称性は、それぞれの図形や文様に固有な特徴で、その分類に利用することができる。結晶を構成する原子や分子の規則配列は一種の文様であり、幾何学的対称性に基づいて分類できる。

 

[4] トポロジー
伸び縮みさせて重ね合わせることのできる図形は同じ形と見なして、図形の分類や性質を調べる幾何学、位相幾何学のこと。例えば、取っ手のあるコーヒーカップとドーナツは伸び縮みさせれば重なるが、「穴」があるので取っ手のない湯呑茶碗とは区別される。また、メビウスの輪は「ねじれ」が入っているので、普通のリングとは異なる。穴やねじれがある場合を、しばしば「トポロジー的に非自明」という。

 

[5] 非自明、自明
数学的な対象が複数の形態をとり得るとき、その中に非常に単純で直感的に明らかなものが含まれる場合、その形態を自明、その他を非自明と呼ぶ。例えば、x+y=0を満たすxとyの組み合わせは無数にあるが、x=y=0は自明で、他は非自明といえる。

 

[6] 電子相関
電荷を持つ物体の間にはクーロン力が働き、その向きは、互いの電荷の符号が異なる場合は引力に、同じ符号の場合は斥力になる。電気伝導を担う電子同士の間に働く斥力相互作用を電子相関と呼ぶ。他の電子が持つ電荷は、背景に並ぶ原子核の正の電荷と打ち消し合うので、電子相関は無視できることも多い。しかし、電子が運動することが許された軌道が狭いなど、他の電子の影響を受けやすい遷移金属の化合物などでは、電子相関が物性に大きな影響を及ぼす。

 

[7] 遷移金属化合物
原子において、通常は電子のエネルギーが高いほどその軌道は原子核から離れているが、金属元素の中には、原子核に近い軌道のエネルギーの方が高くなるものがあり、遷移金属元素と呼ばれている。鉄や銅など、多くの金属が遷移金属元素であり、その化合物は遷移金属化合物と呼ばれる。金属の物性は、原子内でエネルギーが最も高い電子が担っているが、遷移金属化合物ではその軌道が原子核に近く狭いために電子相関が重要になる。

 

[8] 高温超伝導
物質の電気抵抗が完全に消失する超伝導現象は通常、絶対零度(0K=約-273℃)近傍でしか起こらないが、それが比較的高温で起こる現象。「高温」の明確な定義はないが、おおよそ40K(約-233℃)以上で超伝導になると高温超伝導と呼ばれる。

[9] 走査型トンネル顕微鏡/分光法(STM/STS)
電圧を加えた鋭い金属の探針を、試料の表面に極めて近くまで接近させると、探針試料間に量子力学的な電流(トンネル電流)が流れる。トンネル電流は、探針試料間隔に極めて敏感なので、探針の高さを電流が一定になるように調整しながら二次元的に走査し、探針の高さを記録することで、試料表面の凹凸を原子レベルの超高分解能で描き出すことができる。この装置を「走査型トンネル顕微鏡(STM)」と呼ぶ。1981年にスイスのG. ビーニッヒとH. ローラーによって発明された。探針に加える電圧を変化させることによって、特定のエネルギーを持つ電子状態を選択的に取り出して、その分布を調べることもできる。このような測定法を「走査型トンネル分光法(STS)」と呼ぶ。STMはScanning Tunneling MicroscopeまたはScanning Tunneling Microscopy、STSはScanning Tunneling Spectroscopyの略。

 

【論文情報】                                

<タイトル>
Correlation-driven electronic nematicity in the Dirac semimetal BaNiS2
<著者名>
C. J. Butler, Y. Kohsaka, Y. Yamakawa, M. S. Bahramy, S. Onari, H. Kontani, T. Hanaguri, and S. Shamoto
<雑誌>
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
<DOI>
10.1073/pnas.2212730119
<URL>
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2212730119

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 紺谷 浩 教授
http://www.s.phys.nagoya-u.ac.jp/