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医歯薬学

2022.12.26

体温を調節するマスター神経細胞を同定 〜体温・代謝の制御機構の全貌解明と新たな肥満治療技術の開発に可能性~

東海国立大学機構名古屋大学大学院医学系研究科統合生理学分野の中村佳子講師、中村和弘教授らの研究グループは、順天堂大学大学院医学研究科脳回路形態学の日置寛之教授との共同研究により、脳の中で体温調節の司令塔として機能する神経細胞群をラットで同定しました。
人間など多くの哺乳類の体温は約 37°C に厳密に維持され、その調節がうまくいかなくなると、熱中症や低体温症のように体内のあらゆる調節機能が損なわれ、最悪の場合、死に至ります。したがって、体温を調節する基本メカニズムの解明は医学的に大きな意義を持ちます。しかし、体温調節中枢が脳の視床下部にある視索前野(しさくぜんや)*1に存在することは知られていましたが、体温調節の司令を担う神経細胞群は不明でした。
同研究グループは、発熱メディエーター*2であるプロスタグランジン E2*3の受容体、EP3 受容体を発現する視索前野の神経細胞群(EP3 ニューロン*4群)に着目し、体温調節における機能を調べました。まず、ラットを暑熱(36°C)に曝露すると、視索前野の EP3 ニューロン群が活性化することを見出しました。一方、プロスタグランジン E2 を作用させると活性化は抑制され、同時に体温上昇(発熱)が起こりました。さらに、視索前野の EP3 ニューロン群から伸びる神経線維を可視化すると、交感神経の制御に関わる視床下部背内側部(ししょうかぶはいないそくぶ)*5などへ神経伝達することがわかりました。視索前野から視床下部背内側部へ伸びた EP3 ニューロン群の 80,000個以上の神経終末の詳細な解析などから、その多くが抑制性の神経伝達物質である GABA(ガンマアミノ酪酸)*6を放出することがわかりました。そして、視索前野の EP3 ニューロン群を選択的に活性化すると、皮膚血管*7が拡張して積極的な熱放散が起こるとともに体温が低下しました。一方、視索前野から視床下部背内側部へ至る EP3 ニューロン群の神経伝達を選択的に抑制すると、褐色脂肪組織*8において熱産生が起こり、体温が上昇しました。
これらの実験結果は、視索前野の EP3 ニューロン群が交感神経系へ恒常的な抑制信号を送り、その抑制の強さを変化させることで体温を自在に調節する「マスター神経細胞」であることを示しています。本研究は、研究者らも参画しているムーンショット型研究開発事業・目標2の核である「臓器間ネットワークによる生体恒常性維持の分子・細胞メカニズムの解明」に挑戦する一環で行われたものであり、将来的に代謝・循環等を制御する神経回路メカニズムの全貌の解明へつながることが期待されます。また、脂肪代謝を促進する新たな肥満治療技術の開発や、脂肪代謝異常がリスク因子となる糖尿病等の疾患の発症前(未病期段階)での診断と予防技術の開発につながる可能性があります。
本研究成果は「Science Advances」(2022 年 12 月 23 日付電子版)に掲載されました。

 

【ポイント】

○ 視索前野の EP3 ニューロン群の活動が暑熱環境で高まり、発熱メディエーターによって抑制されることを見出しました。
○ 視索前野の EP3 ニューロン群は恒常的な抑制信号を出して体温を自在に調節する「マスター神経細胞」であることがわかりました。
○ この知見により、体温や代謝を制御する脳の神経回路の全貌解明が期待されるとともに、熱中症・低体温症の治療、手術時の体温管理、新たな肥満治療技術の開発など、幅広い医療分野への応用につながる可能性があります。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1 視索前野
視床下部の最前部(最吻側(ふんそく))に位置する脳領域。体温調節中枢が存在するが、それ以外に睡眠、性行動、体液浸透圧などの調節にも関わる、生命維持に重要な脳領域である。
*2 発熱メディエーター
体内に侵入した病原体と戦う免疫系からの感染の情報を、体温調節を担う脳の神経系へ伝達(仲介)し、発熱を惹起する信号分子。プロスタグランジン E2(下記*3)がよく知られる。病原体を構成する分子なども体内へ投与すると発熱が惹起されるが、これらは発熱物質と呼ばれ、発熱メディエーターとは異なる。
*3 プロスタグランジン E2
生体内で脂肪酸から作られる脂質メディエーター(信号分子)の一種で、多彩な生理活性を持つ。感染や炎症などがきっかけで産生される。感染時には主に脳の血管で産生され、視索前野に作用すると、それが引き金となって発熱が惹起される。末梢組織内の炎症などにより産生されるプロスタグランジン E2 は痛みを増強する作用がある。プロスタグランジン E2 の産生を阻害する薬は解熱鎮痛薬として用いられる。プロスタグランジン E2 の受容体には EP1 から EP4 までの4種類のサブタイプが知られている。
*4 ニューロン
「神経細胞」とほぼ同じ意味で用いられる用語だが、ニューロン(neuron)は神経細胞体、樹状突起、軸索(下記*11)を含めた、機能的な「神経単位」としての意味合いが強いのに対し、神経細胞(neuronal cell)は主に神経細胞体を指す言葉として用いられることがある。本文ではEP3 受容体を発現する機能的な神経単位の意味合いを含めて「EP3 ニューロン」と呼んでいる。
*5 視床下部背内側部
視床下部の脳領域の一つで、視索前野よりも後部の第三脳室の左右に一対存在する。様々なストレス反応を惹起する脳領域として知られ、延髄の中継領域に興奮性信号を出力して交感神経系を活性化する機能を持つニューロン群が存在する。
*6 GABA(ガンマアミノ酪酸)
脳のニューロンが使う主要な伝達物質の一つ。伝達先で放出された GABA を受容する次のニューロンは活動が抑制される。一方、脳の中でニューロンを興奮させる主要な神経伝達物質としてはグルタミン酸が知られる。
*7 皮膚血管
皮膚組織の中を走行する血管は体熱の放散の調節に関わる体温調節器官の一つであり、交感神経によって調節される。皮膚血管への交感神経の入力信号が強まると血管平滑筋が収縮して血管径が小さくなるため、(熱を運ぶ)血流が減少し、体表面から環境中に放散される体熱の量を減らすことができる。逆に交感神経の入力が弱まると血管平滑筋が弛緩するため、皮膚血流が増加し、体熱の放散が促進される。
*8 褐色脂肪組織
脂肪細胞は褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞に大別される。白色脂肪細胞は脂肪を蓄える役割を持つのに対し、褐色脂肪細胞は脂肪を蓄えるだけでなく、分解して、そのエネルギーを熱に変える役割を持つ。寒冷環境で体温低下を防ぐだけでなく、体内の余剰の脂肪を燃焼させ、肥満を防ぐ機能がある。褐色脂肪組織の熱産生は交感神経による調節を受けており、交感神経から放出されたノルアドレナリンが褐色脂肪細胞に作用すると、褐色脂肪細胞内のミトコンドリアで熱が作られる。

*11 軸索(神経線維)
神経細胞体から1本伸びる細長い突起構造。活動電位(神経の電気信号)を伝導することに特化
した神経線維であり、人間の場合、長いものでは 1 メートルにもおよぶ(細胞体の大きさは数十
マイクロメートル程度)。軸索は脳内を通過しながら枝分かれし、終末で他のニューロンと形成し
たシナプス(下記*12)を介して情報を伝達する。
*12 シナプス
ニューロン間の情報伝達に特化した細胞同士の近接構造。情報を渡す側のニューロンのシナプス
前部から放出される伝達物質が、受け手側のニューロンのシナプス後膜にある特異的受容体に結
合することで、受け手側のニューロンの活動が活性化あるいは抑制される。したがって、放出さ
れる伝達物質の種類によって、(主にグルタミン酸を使う)興奮性シナプスと(主に GABA を使
う)抑制性シナプスに大別される。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Prostaglandin EP3 receptor-expressing preoptic neurons bidirectionally control body temperature via tonic GABAergic signaling
著者・所属:
Yoshiko Nakamura1, Takaki Yahiro1, Akihiro Fukushima1, Naoya Kataoka1,2, Hiroyuki Hioki3, Kazuhiro Nakamura1
1Department of Integrative Physiology, Nagoya University Graduate School of Medicine(名古屋大学大学院医学系研究科・統合生理学)
2Nagoya University Institute for Advanced Research(名古屋大学・高等研究院)
3Department of Neuroanatomy, Juntendo University Graduate School of Medicine(順天堂大学大学院医学研究科・脳回路形態学)
DOI:10.1126/sciadv.add5463

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_221224en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 中村 和弘 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/physiol2/