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環境学

2023.03.15

世界初!河川水-河床間の活発なリン循環を証明 ~富栄養化などの環境問題への対策に利用が期待~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院環境学研究科の三歩一 孝 研究員、角皆 潤 教授、伊藤 昌稚 特任助教、中川 書子 准教授らの研究グループは、リン酸注1)を構成する三種類の酸素同位体(三酸素同位体)注2)の相対比を指標として活用することにより、人間活動によって負荷されたリン酸と、河床植生注3)からリサイクルされたリン酸が明確に区別できることを示し、これらが河川水中のリン酸に占める割合を定量化しました。その結果、河床植生による吸収や放出が、河川中で活発に進行していることを実証しました。本研究は、水環境中のリン酸の三酸素同位体の精密定量を実現した世界初の研究成果です。
水環境中のリン酸は、一次生産(光合成)量をコントロールする栄養塩として知られています。人為的な負荷量が多いと、富栄養化を引き起こし、生態系を根本から変えてしまう危険性もあります。そのため、河川水中のリン酸が「どこから」供給されて「どこへ」移動するのか(=リン酸動態)、定量的に理解することは、リン酸の負荷源を特定し、その環境影響を把握する上で不可欠です。しかし、水環境中に放出されたリン酸の動態はきわめて複雑であり、これまでの研究では主要な負荷源すら特定することが困難でした。そこで本研究では、河川水中に溶存するリン酸分子中の三酸素同位体相対比の精密定量を実施し、人間活動に直接由来するリン酸と、河床植生や植物プランクトンの再無機化に由来するリン酸が区別可能であることを明らかにしました。また、観測を行った愛知県天白川では、河川水中のリン酸に占める河床植生由来のリン酸の割合が、最大で約80%に達することが明らかになりました。これは、河川水中に負荷されたリン酸は、一度速やかに河床植生に吸収された上で、ゆっくりと河川水中に戻ってきていることを示しています。
本研究成果は、2023年2月28日付アメリカ化学会(American Chemical Society)の科学雑誌「Environmental Science & Technology」誌に掲載されました。

 

【ポイント】

・水環境中のリン酸の三酸素同位体の精密定量に世界で初めて成功した。
・三酸素同位体を指標として活用することで、人間活動由来のリン酸と河床植生由来のリン酸を区別出来ることが分かった。
・愛知県天白川では、河川水中のリン酸の約80%が河床植生に由来していることがわかった。これは、河川―河床間に活発なリン酸循環が進行していることを示している。
・湖沼や海洋といった水環境一般にも本研究手法を応用することで、様々な水環境におけるリン酸動態の解明が期待できる。それらから得られる知見は、富栄養化などの環境問題への対策を講じる上で重要な知見をもたらすことが期待される。
・本研究成果は、環境化学分野で最も権威あるアメリカ化学会の科学雑誌「Environmental Science & Technology」誌に掲載された。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)リン酸:
リン原子(P)に酸素原子(O)が4個結合した化合物であり、PO43-と表記する。正確な名称は、「オルトリン酸」だが簡略化して「リン酸」と呼ばれることが多い。地球表層環境下におけるリンの主要な存在形態であり、様々な生体物質(例えば、DNAやATP)を構成する化合物である。水環境における代表的な栄養塩であるが、硝酸(NO3-)などの他の栄養塩と比較して存在量が微量であるため、一次生産(光合成)量や生態系構造を左右する物質として知られている。例えば、水環境中で高濃度化すると、富栄養化やそれに伴う水環境の貧酸素化を引き起こす。

 

注2)三種類の酸素同位体(三酸素同位体):
リン酸(PO4)を構成する酸素原子は、大部分が質量数16の酸素原子(16Oと表記)であるが、中性子が1個多い質量数17の酸素原子(17Oと表記)が約0.04%、中性子が2個多い質量数18の酸素原子(18Oと表記)が約0.2%混在する。これらはいずれも原子核としては安定であるが、17Oや18Oが占める割合(それぞれ17O/16O比、18O/16O比)は自然界における諸化学反応において微小に変化する。その際、17O/16O比の変化と18O/16O比の変化の相対比率は変化するプロセスが限られるため、負荷源推定の指標として有用とされている。

 

注3)河床植生:
ここでは、河床に生息する生物である底生生物(ベントス)の内、一次生産(光合成)を行う付着藻類を指す。河床に太陽光が当たる場合、河川水中の二酸化炭素とともに硝酸やリン酸などの栄養塩を吸収し、生命活動に必要な有機物を合成する。その後、合成された有機物は、呼吸によって酸化分解されて水中に栄養塩として放出される(=再無機化)。

 

【論文情報】

雑誌名:Environmental Science & Technology (ACS publication社)
論文タイトル:First Measurements on Triple Oxygen Isotopes of Dissolved Inorganic Phosphate in the Hydrosphere
著者:Takashi Sambuichi1, Urumu Tsunogai1, Masanori Ito1, and Fumiko Nakagawa1(三歩一 孝1, 角皆 潤1, 伊藤 昌稚1, 中川 書子1)(1. 名古屋大学)
DOI: 10.1021/acs.est.2c08520
URL: https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.est.2c08520

 

【研究代表者】

大学院環境学研究科 三歩一 孝 研究員
http://biogeochem.has.env.nagoya-u.ac.jp/index.html