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化学

2023.03.31

人工知能と量子アルゴリムの融合による量子化学計算法の開発に成功 ~高精度波動関数計算の高速化へ新たな道~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の羽飼 雅也 博士前期課程学生、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM※)の柳井 毅 教授は、国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系の杉山 麿人 准教授、東京大学 大学院新領域創成科学研究科の津田 宏治 教授との共同研究で、人工知能が学習する大規模データを量子もつれとして量子コンピュータ上に生成するための新規アルゴリズムを発見し、それに基づく量子化学計算注4)法の開発に成功しました。
近年、人工知能の学習モデルを、量子化学計算における電子波動関数の高速・高精度シミュレーションに応用する試み(ニューラルネットワーク量子状態理論注5))が研究されています。しかしながら、これまでの計算法では、大規模な電子配置データに対する確率論的なサンプリングが必要であり、それには組合せ爆発に起因する膨大な計算量が伴っていました。
本研究では、量子コンピュータの超並列的な演算処理(量子ゲート操作注6))を取り入れ、学習計算を桁違いに高速化する計算法を発見しました。本手法は量子ゲート回路として組み立てることが可能です。生成された量子もつれを用いて人工ニューラルネットワーク注7)を訓練し、化学反応などの量子化学計算に応用できることを実証しました。量子コンピュータの開発が進展する中、今後の研究により、本手法が生命分子や材料の量子現象を高速シミュレーションする基礎技術になることが期待されます。
本研究成果は、2023年3月30日午後5時(日本時間)付イギリス王立化学会誌「Digital Discovery」のオンライン速報版に掲載されました。

 

【ポイント】

・人工知能の学習モデルを用いて分子の電子波動関数注1)を求める計算法を開発。
・人工知能が学習する大規模電子配置データ注2)を量子もつれ注3)として量子コンピュータ上に生成するための量子アルゴリズムの開発に成功。
・化学反応などに対する量子化学シミュレーションの実証に成功。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)電子波動関数:

 量子論では電子は粒子ではなく波として振る舞う。その空間的に広がった存在は電子の空間座標の関数として表される。物質には複数の電子が存在する。電子波動関数は、その複数の電子の座標(位置)の関数として、電子集合の波動(存在情報)を表すものである。

 

注2)電子配置データ:

 分子中の電子がどのような状態にいるのかは、膨大な数の電子配置(電子配置データ)を用いて表現される。各電子配置は、全電子の空間、エネルギーやスピンの情報を表す最小単位である。

 

注3)量子もつれ:

 異なるビット情報(例えば、000、010や111)に出現係数を掛け算して足合わせたもの(重ね合わせ)を一つの波動関数・量子の状態として表す。特に、ビット情報同士に相互作用がある際、ビット情報の出現確率は他のビット情報の出現確率に依存する。この相互作用を伴う重ね合わせ状態はもつれていると呼ばれる。量子エンタングルメントとも呼ばれる。

注4)量子化学計算:量子力学の方程式(シュレーディンガー方程式)を数値的に解いて、分子や集合体の構造情報からそのエネルギー予測や電子構造を解析する計算化学的アプローチ。電子レベルで物質の相互作用を精密にシミュレーションすることで、反応機構や物性を高い信頼性と精密さで予測することができる。

 

注5)ニューラルネットワーク量子状態理論:

 人工ニューラルネットワークに基づく機械学習のアリゴリズムやソルバーを利用して、シュレーディンガー方程式を数値的に解き、スピン系や電子系の波動関数を決定するアプローチ。人工ニューラルネットワークは波動関数の量子もつれ構造の情報表現に用いられる。特に、2017年Science誌に発表されたCarleoとTroyerのニューラルネットワーク量子状態理論は注目を集めている。

 

注6)量子ゲート操作:

 量子ビットを用いて表される量子もつれは、ビット列を基底として、その重ね合わせ(線形結合)として捉えることができる。ビット列に対して固有なタイプの基底変換を様々に繰り返すことで、量子もつれが保有する情報を加工・処理することができる。量子ゲート操作・回路は、この基底変換に対応するものである。

 

注7)人工ニューラルネットワーク:

 入力データから結果データを予測する数理・関数モデルの一つである。人工ニューラルネットワークでは、入力データから始まり中間データの生成と変換が繰り返され、最終的な情報変換が達成される。その生成・変換プロセスを通じてデータ同士は関連し、ネットワークを形成する。機械学習、深層学習では、人工ニューラルネットワークは数値表現の中核を担う。

 

【論文情報】

雑誌名:英国王立化学会誌「Digital Discovery」
論文タイトル:“Artificial Neural Network Encoding of Molecular Wavefunctions for Quantum Computing”
著者:羽飼 雅也*、杉山 麿人、津田 宏治、柳井 毅*(*は責任著者、下線は本学関係者)
DOI: 10.1039/d2dd00093h?
URL:https://doi.org/10.1039/d2dd00093h

 

※【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所 柳井 毅 教授
https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/ja/members/post_46/index.php