名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授、横井克典客員研究者(筆頭研究者、国立長寿医療研究センター脳神経内科)の研究グループは、愛知県立大学情報科学部の入部百合絵准教授、豊橋技術科学大学情報・知能工学系の北岡教英教授と共同で神経変性疾患※1のひとつであるパーキンソン病※2に関する研究、解析を行いました。自然言語処理※3の技術を用いて会話内容の解析を行うことで、パーキンソン病患者の会話の特徴の把握と、自由会話テキストからのパーキンソン病の診断の可能性を検討しました。
パーキンソン病患者は、発声の障害や言語の障害など、様々な発話に関する問題に遭遇します。勝野教授らの本研究チームは、パーキンソン病における言語変化の病態生理学的メカニズムを解明するために、自然言語処理の技術を用いて、患者の発話と健常対照者の発話を比較しました。
本研究では、認知機能が正常なパーキンソン病患者 53 名と健常対照者 53 名の会話を録音し、その内容を文章に書き起こしました。次に、書き起こしたテキスト情報について自然言語処理を用いて分析し、さらに機械学習アルゴリズムを用いて各グループの会話の特徴を明らかにすることを試みました。この分析では、品詞と構文の複雑さに焦点を当てた 37 の特徴量を評価項目とし、サポートベクターマシン(SVM)※4を用い、10 分割交差検証法※5でこれらの特徴量のうち、パーキンソン病患者の会話の識別に有効な項目を絞り込み、各群の識別率についても検証しました。
本研究での解析により、パーキンソン病患者は健常対照者群に比べ、1 文あたりの品詞数の数が少ないことがわかりました。また、パーキンソン病患者は健常対照者と比較して、会話文全体での動詞の割合、格助詞の分散(データのばらつきをしめす指標)、1 文あたりの動詞の割合が高く、1 文あたりの普通名詞、固有名詞、フィラー※6の割合が低いことがわかりました。このような会話の変化を利用して、パーキンソン病患者または健常対照者のそれぞれの識別を試みたとき、その識別率はそれぞれ 80%以上でした。
本研究の結果から、パーキンソン病患者の会話には認知機能低下がなくとも健常者と比較して異常があることが示唆されました。このことから、会話内容について自然言語処理を用いて解析することがパーキンソン病の診断の一助となると考えられます。米国科学雑誌「Parkinsonism & Related Disorders」(2023 年 5 月 12 日付の電子版)に掲載されました。
○ パーキンソン病患者は様々な発話に関する問題を有するが、自由会話のテキストの解析と異常の報告はこれまでほとんど行われてこなかった。
○ パーキンソン病患者が話す 1 文の品詞数は健常者より少なく、パーキンソン病患者は健常対照者に比べ、動詞の割合が高く、名詞、フィラーの割合が低かった。
○ 抽出された特徴量を用いることで、80%以上の精度でパーキンソン病患者と健康な方を見分けることができた。
○ 自然言語処理はパーキンソン病患者の言語障害のメカニズムを解明し、診断精度を高めるために有効な手段であることが示された。
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※1 神経変性疾患:特定の種類の神経細胞が進行性に変性する(死滅する)疾患の総称。神経変性疾患に共通する病理学的な特徴として、神経細胞の中や周囲に異常な蛋白質が蓄積し、それによって特定の種類の神経細胞が障害されることが知られている。パーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症などが神経変性疾患の代表的疾患。
※2 パーキンソン病:神経細胞内にαシヌクレインという異常な蛋白質が蓄積し、主に脳内のドーパミン神経に障害を起こすことで、振戦(手足の震え)、筋強剛(筋肉や関節がかたくなる)、動作緩慢、姿勢反射障害(転びやすくなる)などの運動症状を引き起こす進行性の難病。
※3 自然言語処理:自然言語処理とは、人が日常的に使用している言語(自然言語)をコンピュータで機械的に分析することです。様々な手法があります。
※4 サポートベクターマシン:2 クラス分類の線形識別(直線で区分けできること)関数を構築する機械学習モデルの一種です。教師あり学習の分類と回帰で活用可能ですが、おもに分類のタスクにおいて強力な効力を発揮します。
※5 10 分割交差法:データセットを 10 個に分割し,モデルの訓練と評価を 10 回行います.得られた 10 個の評価値の平均をとった値を最終的なモデルのスコアとして扱う方法です.
※6 フィラー:「えーと」、「あのー」といった、それ自体には特に意味がない、間をつなぐためのつなぎ文句のこと。
掲載誌名:Parkinsonism & Related Disorders
論文タイトル:Analysis of Spontaneous Speech in Parkinson's Disease by Natural Language Processing
著者:
Katsunori Yokoi, MD, PhD1,2, Yurie Iribe, PhD3, Norihide Kitaoka, PhD4, Takashi Tsuboi, MD, PhD1, Keita Hiraga1, MD, Yuuki Satake1, MD, Makoto Hattori, MD, PhD1, Yasuhiro Tanaka, PhD1, Maki Sato1, Akihiro Hori, MD, PhD5, Masahisa Katsuno, MD, PhD1, 6
所属:
1 Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2 Department of Neurology, National Hospital for Geriatric Medicine, National Center for Geriatrics and Gerontology, Obu, Aichi, Japan
3 School of Information Science and Technology, Aichi Prefectural University, Nagoya, Japan
4 Department of Computer Science and Engineering, Toyohashi University of Technology, Toyohashi, Japan
5 Kumiai Kosei Hospital, Takayama, Gifu, Japan
6 Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
DOI: 10.1016/j.parkreldis.2023.105411
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Par_230512en.pdf