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生物学

2023.05.16

植物の気孔開口を抑え、しおれを防ぐ天然物を新たに発見! ~正体は辛味成分、分子改造で幅広い用途へ~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の木下 俊則 教授、佐藤 綾人 特任准教授、相原 悠介 特任講師らの研究グループは、関西学院大学理学部 村上 慧 准教授らとの共同研究により、植物の気孔開口を抑制する天然物を発見し、これをもとに活性を大幅に向上した分子の開発に成功しました。
本研究では、気孔開口阻害剤としてアブラナ目植物に含まれる天然物のベンジルイソチオシアネート(BITC)を新たに見出しました。この化合物は、気孔の開口のエンジンとなる細胞膜プロトンポンプの働きを抑制することで、気孔が開かないようにすることが分かりました。さらに、BITCの分子構造を様々に改変し、天然物の最大66倍も強力な気孔の開口抑制活性を示し、かつ副作用の少ない「スーパーITC」分子の開発に成功しました。 
これらの化合物をキクの切花や土植えのハクサイに散布したところ、乾燥による葉のしおれが抑制されることが明らかとなりました。切花や生け花の鮮度保持剤や農作物の乾燥耐性付与剤としての利用が期待されます。
本研究成果は、2023年5月15日午後6時(日本時間)付イギリス科学誌「Nature Communications」でオンライン公開されました。

 

【ポイント】

・気孔開口を抑える薬剤として、アブラナ目植物の天然物のイソチオシアネート類注1)であるベンジルイソチオシアネート (BITC) 注2)を同定した。
・BITCの作用点として、「気孔開口のエンジンとなる細胞膜プロトンポンプ注3)の活性化抑制」を明らかにした。
・BITCの分子構造を改良し、抑制活性を大幅に強化したスーパーイソチオシアネート(スーパーITC)を開発した。
・スーパーITCは、植物ホルモンのアブシジン酸(ABA) 注4)をしのぐ気孔開口抑制活性を有し、かつ、作用時間の長期化や副作用軽減の優位性も示すことが分かった。
・スーパーITCが、切花のしおれ抑制や土植え植物の乾燥耐性付与の効果を有することを実証した。
 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)イソチオシアネート類:
イソチオシアナト基(-N=C=S)を有する有機化合物の総称。天然では、ダイコンやワサビ、ケッパーなどのアブラナ目植物が産生し、これら食品の辛味成分として知られる。植物細胞内では前駆体であるグルコシノレートとして貯蔵されており、傷害やストレスを受けたときに酵素反応によりイソチオシアネートが産生される。高い化学反応性をもち、虫害を防いだり、バクテリアや真菌に抵抗したりする作用が知られる。

 

注2)ベンジルイソチオシアネート(BITC):
ベンゼン環骨格にメチルイソチオシアナト基が付加した化合物。

 

注3)細胞膜プロトンポンプ:
ATPをエネルギーとして、細胞の内側から外側に水素イオンを輸送する一次輸送体。細胞膜を介して形成される水素イオンの濃度勾配は、さまざまな物質を輸送する二次輸送体の駆動力として利用される。気孔孔辺細胞においては、青色光により活性化され、カリウム取り込みの駆動力を形成し、気孔開口を引き起こすことが知られている。

 

注4)アブシジン酸(ABA):
植物ホルモンの一種で、乾燥などのストレスに対応して合成される。気孔の閉鎖や種子の休眠、生長抑制などを誘導する。

 

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:“Identification and improvement of isothiocyanate-based inhibitors on stomatal opening to act as drought tolerance-conferring agrochemicals.”
著者:*相原悠介, 前田文平, 後藤栞奈, *野元美佳, *高橋宏二, 藤茂雄, 叶文秀, *戸田陽介, 内田真美, 浅井絵里, *多田安臣, *佐藤綾人, *伊丹健一郎, 村上慧, *木下俊則 (*: 名古屋大学教員)
DOI: 10.1038/s41467-023-38102-7
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-023-38102-7

 

【WPI-ITbMについて】http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
WPI-ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM) 相原 悠介 特任講師木下 俊則 教授
http://plantphys.bio.nagoya-u.ac.jp/index.html