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生物学

2023.06.05

深刻な農業被害をもたらす線虫が植物のシグナル伝達をハイジャック!? -農業被害を防ぐ新技術への期待-

熊本大学大学院先端科学研究部附属生物環境農学国際研究センターの澤 進一郎センター長、中上 知博士研究員、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学の佐藤 良勝特任准教授、野田口 理孝特任教授、近藤 竜彦講師、東京大学大学院理学系研究科東山 哲也教授、宮崎大学井田 隆徳准教授、新潟大学岡本 暁准教授らの研究グループは、世界で初めて、植物に感染する線虫の寄生メカニズムの一端が、植物のペプチドホルモンハイジャックであることを発見しました。線虫による農業被害は年間数十兆円にも上ります。しかしながらこれまでは線虫そのものを駆除するしかなく、駆除標的にあたる具体的な物質については未解明でした。本成果により、標的物質が明確になり、ペプチド*1を利用した新しい防除手法の開発が期待されます。現在ペプチドを使った農業技術が注目され始めており、植物感染性線虫防除でも、その技術が花開くきっかけの物質になると考えています。
線虫(ネコブセンチュウ)は、根に寄生し、コブを作って植物の栄養を奪い、農作物を枯らします。今回、我々は、モデル植物のシロイヌナズナ*2を用いて、線虫が根にコブを形成する際に、シロイヌナズナのペプチドホルモンを利用し、光合成によって作られた糖を葉から根に無理やり移動させていることを発見しました。通常は根への糖輸送シグナルは働いていません。根に線虫が感染すると、まず線虫はその輸送シグナルの担い手であるCLEペプチドホルモンを働かせることで、地上部の維管束で糖のトランスポーターを誘導します。すると糖は根に運ばれます。つまり、線虫はコブの形成に必要なエネルギー(糖)を得るために、植物のCLEペプチドホルモン伝達をハイジャックしているのです。今後、線虫がどのようにして、CLE遺伝子を活性化しているかなどメカニズムの詳細を解析する予定です。
土壌の線虫を死滅させる方法としては、現在は土壌燻蒸剤の散布が効果的ですが、農業従事者への負担や環境への影響から、燻蒸剤によらない防除法が求められています。本成果により、CLEペプチドと競争的、受容体に結合する物質(アンタゴニスト)を合成し、土壌に撒くことで、根のコブによる被害を抑えることができると考え、試みる予定です。また、この仕組みをブロックするような品種改良を行い、線虫に強い作物を作る予定です。この成果をきっかけとして、農業分野にイノベーションがもたらされると確信しています。
我々の成果は、動物と植物間の相互作用を理解するだけでなく、農作物の収量増加やストレス耐性付与など、農業分野への貢献が期待されています。

 

本研究成果は令和5年6月2日に科学雑誌「Science Advances」に掲載されました。

 

【ポイント】

* 線虫による農業被害は年間数十兆円にも上りますが、これまでは線虫そのものを駆除するしかなく、駆除標的にあたる具体的な物質については未解明でした。
* 世界で初めて、植物に感染する線虫の寄生メカニズムの一端が、植物のペプチドホルモンハイジャックであることを発見しました。
* 本研究成果をきっかけとして、動物と植物間の相互作用を理解するだけでなく、農作物の収量増加やストレス耐性付与など、農業分野へのイノベーションが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1 ペプチド:アミノ酸が2個以上連結した短いタンパク質。ペプチドの中には、ホルモンとしての生理活性を示すものが存在する。

 

*2 シロイヌナズナ:アブラナ科の一年草(学名:Arabidopsis thaliana)。植物体のサイズが小さい、世代間隔が短い及び遺伝子導入が容易などの理由から、モデル植物として幅広く利用されている。

 

【論文情報】

○論文タイトル
“Root-knot nematode modulates plant CLE3-CLV1 signaling as a long-distance signal for successful infection”
○論文著者・所属
Satoru Nakagami1, Michitaka Notaguchi2, Tatsuhiko Kondo3, Satoru Okamoto4,5, Takanori Ida6, Yoshikatsu Sato7, Tetsuya Higashiyama8, Allen Yi-Lun Tsai1,9, Takashi Ishida1,10, and Shinichiro Sawa1,9,10,11

 

1Graduate School of Science and Technology, Kumamoto University.
2Bioscience and Biotechnology Center, Nagoya University.
3Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University.
4Graduate School of Science and Technology, Niigata University.
5Japan Science and Technology Agency, Precursory Research for Embryonic Science and Technology.
6Department of Bioactive Peptides, Frontier Science Research Center, University of Miyazaki.
7Institute of Transformative Bio-Molecules (WPI-ITbM), Nagoya University.
8Department of Biological Sciences, Graduate School of Science, University of Tokyo.
9International Research Center for Agricultural & Environmental Biology, Kumamoto University.
10International Research Organization for Advanced Science and Technology (IROAST), Kumamoto University.
11Institute of Industrial Nanomaterial (IINA), Kumamoto University.
○雑誌名 Science Advances
○DOI:10.1126/sciadv.adf4803

○URL:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adf4803

 

【研究代表者】

トランスフォーマティブ生命分子研究所 佐藤 良勝 特任准教授
https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp/liveimagingcenter/