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医歯薬学

2023.07.04

暑さと寒さから逃げるための脳の神経回路は異なることを発見 〜熱中症・低体温症に陥るメカニズムの解明へ前進〜

東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科 統合生理学分野の八尋貴樹(やひろ たかき)大学院生、片岡直也(かたおか なおや)特任講師、中村和弘(なかむら かずひろ)教授の研究グループは、暑さ・寒さから逃げて快適な温度環境を探す体温調節行動を起こす脳の神経路を明らかにしました。
人間などの動物は、生命活動を行う上で適切な体温を保つため、体温調節行動を行います。カメの甲羅干しや、人間が夏に薄着をして冷房を使い、冬に厚着をして暖房を使うのも体温調節行動です。普段当たり前に行う体温調節行動ですが、この行動を起こす脳の神経メカニズムは謎でした。2017 年に研究グループは、体温調節行動を起こすために外側腕傍核(がいそくわんぼうかく)*1という脳の領域が必要であることを報告しました。今回、同グループは、外側腕傍核を介した神経伝達がどのようにして体温調節行動を起こすのかを、ラットを用いて解析しました。
その結果、皮膚の温度センサーで感知した温度感覚の情報を、外側腕傍核の異なる2つの神経細胞群が前脳の異なる領域へ伝達し、それぞれ、暑さから逃げる行動と寒さから逃げる行動を起こすことがわかりました。体温調節行動は暑さや寒さによる不快感(不快情動)によって駆動されると考えられ、今回発見した神経伝達路は、温度感覚による不快情動の形成に関わる可能性が考えられます。本研究で得られた知見は、暑さ・寒さに対して適切に不快情動を形成することができず、熱中症や低体温症に陥ってしまう原因を解明する糸口となるものです。
また、外側腕傍核のこれら 2 つの神経細胞群はともに、寒冷刺激に応じて褐色脂肪組織*2で熱を産生する反応にも必要であることがわかりました。この知見は、体温や代謝を適切に調節して健康を保つ脳の神経回路メカニズムの新たな理解を促すものであり、本研究の発展によって、糖尿病などを含む肥満症を超早期の未病段階で検出する技術や、脂肪代謝を促進する新たな肥満予防・治療の技術開発などにつながる可能性があります。
本研究成果は米国科学誌「Journal of Neuroscience」(2023 年6月 20 日付オンライン版)に掲載されました。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業(目標2「2050 年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」)、日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究 A、B、C)、AMED 脳とこころの研究推進プログラム(領域横断的かつ萌芽的脳研究プロジェクト)、武田科学振興財団の支援を受けて実施されました。

 

【ポイント】

・暑さから逃げて快適な温度環境を探す行動には、外側腕傍核から体温調節中枢である視索前野への神経伝達が必要である。
・寒さから逃げて快適な温度環境を探す行動には、外側腕傍核から情動中枢である扁桃体への神経伝達が必要である。
・これらの伝達を担う外側腕傍核の 2 つの神経細胞群はともに、皮膚冷却に応じて褐色脂肪熱産生を起こすためにも必要である。
・これらの知見から、暑さと寒さに対する不快感を形成する脳の仕組みは異なると考えられ、熱中症や低体温症の発症メカニズムの解明につながる可能性がある。
・得られた知見は、体温や代謝を適切に調節する脳の神経回路メカニズムの新たな理解を促すものでもあり、脂肪代謝を促進する新たな肥満予防・治療の技術開発などにつながる可能性がある。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1 外側腕傍核(lateral parabrachial nucleus)
脳の中脳と延髄の間に位置する、橋(きょう)と呼ばれる領域に存在する神経核。皮膚から脊髄を介して届く温度や痛みなどの感覚情報を前脳へと中継する神経核として知られる。皮膚からの情報以外に、心臓、肺、消化管などの内臓からの情報も外側腕傍核に入力され、血圧、呼吸、睡眠、摂食など様々な生体機能の調節に関わることが知られる。2017 年の本研究グループの研究で、外側腕傍核が体温調節行動に必須であることが明らかになった。


*2 褐色脂肪組織
脂肪細胞は褐色脂肪細胞と白色脂肪細胞に大別される。白色脂肪細胞は脂肪を蓄える役割を持つのに対し、褐色脂肪細胞は脂肪を蓄えるだけでなく、分解して、そのエネルギーを熱に変える役割を持つ。寒冷環境で体温低下を防ぐだけでなく、体内の余剰の脂肪を燃焼させ、肥満を防ぐ機能がある。褐色脂肪組織の熱産生は交感神経による調節を受けており、交感神経から放出されたノルアドレナリンが褐色脂肪細胞に作用すると、褐色脂肪細胞内のミトコンドリアで熱が作られる。

 

【論文情報】

掲雑誌名:Journal of Neuroscience
論文タイトル:Two Ascending Thermosensory Pathways from the Lateral Parabrachial Nucleus That Mediate Behavioral and Autonomous Thermoregulation
著者・所属:
Takaki Yahiro1, Naoya Kataoka1,2, Kazuhiro Nakamura1
1 Department of Integrative Physiology, Nagoya University Graduate School of Medicine(名古屋大学大学院医学系研究科・統合生理学)
2 Nagoya University Institute for Advanced Research(名古屋大学・高等研究院)

 

DOI:10.1523/JNEUROSCI.0643-23.2023

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Jou_230704en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 中村 和弘 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/physiol2/