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化学

2023.12.05

最小人工金属酵素:π-銅(Ⅱ)錯体触媒が切り拓く新たな有機合成法 ~単離困難なアレンアミドの実用的不斉付加反応に成功~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の石原 一彰 教授、郭 威威(カク イイ、GUO Weiwei) 博士後期課程学生、堀 将寛 博士(研究当時:博士後期課程学生)、小倉 義浩 博士(研究当時:博士後期課程学生)、西村 和揮 博士(研究当時:博士後期課程学生)、沖 光脩 特任助教、井改 知幸 准教授、八島 栄次 教授らの研究グループは、独自に開発したπ-銅(Ⅱ)錯体注1)不斉触媒注2)に用いて3-ブチン酸アミド注3)から単離困難なアレン酸アミド注4)in situ 注5)で発生させ、続くα,β-位置選択的注6)及びエナンチオ選択的注7)に付加反応を制御することに成功しました。得られる生成物は光学活性β,γ-不飽和カルボン酸誘導体であり、付加価値の高い複雑な骨格を持つ光学活性医薬品や香料などの探索研究の推進が期待されます。このπ-銅(Ⅱ)錯体は石原らが以前に開発したモノペプチド注8)を配位子とする最小の人工金属酵素で、本触媒を今回の反応に適用することで、3-ブチン酸アミドからMichael付加体注9)[2+2]環化付加体注10)[3+2]環化付加体注11)[4+2]環化付加体注12)をそれぞれ高いα,β-位置選択性と高いエナンチオ選択性で得ることに成功しました。例えば、シクロペンタジエンとの[4+2]環化付加反応によって得られる生成物は香料としての用途価値の高い白檀の精油成分であるβ-サンタレン注13)の鍵合成中間体であり、その後の誘導は既知の方法を用いれば全合成が可能です。
本研究成果は、2023年11月30日付アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版(オープンアクセス)に掲載されました。

 

【ポイント】

・石原らは既に光学活性モノペプチドと銅(II)塩より調製されるπ-銅(Ⅱ)錯体触媒を開発し、様々な不斉反応の開発に成功している。
・石原らが開発済みのπ-銅(Ⅱ)錯体触媒は光学活性モノペプチドと銅(II)塩より調製されることから、最小人工金属酵素と言える。
・不斉触媒に用いた銅はベースメタル注14)であり、元素戦略注15)に基づく触媒設計である。
・今回、π-銅(Ⅱ)錯体触媒を用いて、単離困難なアレンアミドの実用的不斉付加反応の開発に成功した。
・γ位に置換基のないアレニル種(H2C=C=CHX)は特に不安定なため、これまであまり有機合成に利用されてこなかった。今回、容易に合成・単離が可能なプロパルギル種(HC≡C-CH2X)を出発原料に用いて、π-銅(Ⅱ)錯体触媒の存在下、in situ でアレニル種に異性化し、単離することなく、Michael、[4+2]環化、[3+2]環化、[2+2]環化の合計四種類の付加反応をα,β-位置選択的及びエナンチオ選択的に行うことに成功した。
・香料としての用途価値の高い白檀の精油成分であるβ-サンタレンの形式的全合成注16)を達成した。
・生成する光学活性β,γ-不飽和カルボン酸誘導体は多様な化学変換が可能であり、医薬品探索研究の推進が期待できる。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1) π-銅(Ⅱ)錯体:配位子の芳香族基やビニル基が銅(Ⅱ)に配位した銅(Ⅱ)錯体
注2) 不斉触媒:鏡像異性体を作り分ける触媒
注3) 3-ブチン酸アミド:HC≡C-CH2-CONR1R2
注4) アレン酸アミド:H2C=C=CH-CONR1R2
注5) in situ:単離・生成することなく
注6) α,β-位置選択的:同一分子内に同じ官能基が複数存在する時、その位置の違いによって選択的に
注7) エナンチオ選択的:鏡像異性体のどちらか一方を選択的に
注8) モノペプチド:アミノ酸由来のモノアミド
注9) Michael付加体:1,4-付加反応による生成物
注10) [2+2]環化付加体:2π電子系と2π電子系の環化付加反応で生成する四員環化合物
注11) [3+2]環化付加体:3π電子系と2π電子系の環化付加反応で生成する五員環化合物
注12) [4+2]環化付加体:4π電子系と2π電子系の環化付加反応で生成する六員環化合物
注13) β-サンタレン:香水やアロマセラピー製品、化粧品の香りづけに用いられるサンダルウッド(白檀)の精油成分
注14) ベースメタル:ベースメタルは、埋蔵量・産出量が多く、精錬が簡単な金属の総称。鉄、銅、亜鉛、錫、アルミニウムなど。卑金属、コモンメタル、メジャーメタル、常用金属、汎用金属とも言われる。
注15) 元素戦略:希少元素・有害元素の代替・戦略的利用技術基盤の確立を目的とする研究戦略
注16) 形式的全合成:今回のように、標的化合物の全合成を最後まで独創的な方法で達成したのではなく、既知化合物の合成までを達成し、既知化合物から標的化合物までの合成は文献に従い全合成できることを示す場合、これを形式的全合成と呼ぶ。

 

【論文情報】

雑誌名:アメリカ化学会誌(Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Tandem Isomerization/α,β-Site- and Enantioselective Addition Reactions of N -(3-Butynoyl)-3,5-dimethylpyrazole Induced by Chiral π-Cu(Ⅱ) Catalysts
著者:GUO Weiwei(院生)、堀 将宏(当時、院生)、小倉 義浩(当時、院生)、西村 和揮(当時、院生)、沖 光脩(特任助教)、井改 知幸(准教授)、八島 栄次(教授)、石原 一彰(教授)
DOI: 10.1021/jacs.3c10820
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c10820

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 石原 一彰 教授
https://www.ishihara-lab.net/