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数物系科学

2023.12.15

カゴメ金属で起きる自発回転する不思議な電子状態 ~ナノスケールの永久ループ電流の機構を明らかに~

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の 山川 洋一 講師、紺谷 浩 教授の研究グループは、国立大学法人 京都大学基礎物理学研究所の 田財 里奈 助教とともに、カゴメ格子構造注4)の金属化合物で創発する新奇な相転移―ナノスケールのループ電流秩序―を解明する理論を発見しました。
2019年に発見されたカゴメ格子金属AV3Sb5(A=Cs,Rb,K)は幾何学的フラストレーション注5)を有する新種の超伝導体ですが、そこではナノスケールのダビデ星型パターンを伴う電荷秩序や超伝導など、実に多彩な電子状態が実現します。中でも「ループ電流秩序」は、ナノスケールの電流が減衰せず流れ続ける、極めて不思議な電子状態です。しかし永久電流を伴う状態が安定して存在できる理由は未解明でした。
本研究では、カゴメ金属のループ電流秩序の理論機構を、場の量子論に基づき解明しました。フラストレーションにより増大した電子の量子揺らぎ(不確定性原理注6)に基づく電子の運動)が糊となり、電子と正孔(電子の空孔)が特殊な束縛状態を組むことを見出しました。驚くべきことに、この束縛状態の振幅は虚数となり、自由電子への有効磁場を与えるため、永久ループ電流が流れます。本研究は、カゴメ金属の多重相転移を理論的に解明し、様々な金属への応用が期待されます。
本研究成果は、2023年11月29日にイギリス科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

 

【ポイント】

・カゴメ格子金属では、電子が減衰せずに回転運動を続けるループ電流秩序注1)という、極めて不思議な量子相が実現する。
・本研究では、ループ電流秩序の発現機構を場の量子論注2)に基づき解明し、カゴメ格子金属の多重相転移注3)の統一的理解を得た。
・高温超伝導体のループ電流の解明や、将来的に高温超伝導機構の解明も期待される。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)ループ電流秩序:
電子相関によって時間反転対称性を破った電子・正孔秩序が生じたとき、ループ電流が流れる。銅酸化物超伝導体において長年精力的に研究されてきたが、最近カゴメ金属において多数の有力な実験的観測が報告されている。
注2)場の量子論:
多電子の量子力学的状態を効率よく記述する理論。場の理論に基づき、ファイマンにより創始されたファイマン図の理論や、ウイルソンにより創始されたくりこみ群理論が展開される。
注3)多重相転移:
相転移は、温度や圧力を変えることで巨視的な性質(相)が変化する現象を指す。金属電子では磁性相、電荷秩序相、超伝導相などが代表的な量子相である。多重相転移は複数の相が共存・競合する状態であり、新奇量子状態が実現する面白い舞台となる。
注4)カゴメ格子構造:
竹籠の網目模様に類似した2次元格子構造。カゴメ格子金属の強い幾何学フラストレーションにより、単純なスピン秩序や電荷秩序が抑制される一方で、電荷やスピンの強い量子揺らぎが発達し、新規な電子物性の舞台である。
注5)幾何学フラストレーション:
カゴメ格子が有する三角形構造は、電子の磁気秩序や電荷秩序を著しく抑制する効果があり、幾何学フラストレーションと呼ばれる。このとき電子の粒子・波動の2面性が強調されて、新奇な電子状態が生まれやすい。
注6)量子力学:
電子などのミクロな粒子の運動を司る物理法則。電子は粒子としての性質(粒子性)と波としての性質(波動性)という2重性をあわせ持ち、不確定性原理と呼ばれる。

 

【論文情報】

雑誌名: Nature Communications
論文タイトル:Charge-loop current order and Z3 nematicity mediated by bond order fluctuations in kagome metals
著者: 田財里奈(京都大学)、山川洋一(名古屋大学)、紺谷浩(名古屋大学) 
DOI: 10.1038/s41467-023-42952-6 
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-023-42952-6                 

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 紺谷 浩 教授
http://www.s.phys.nagoya-u.ac.jp/