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医歯薬学

2024.01.11

IKKβは筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因タンパク質TDP-43 の凝集を選択的に抑制する

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科神経内科学の勝野雅央教授、井口洋平 講師(筆頭著者)らの研究グループは、リン酸化酵素である IκB kinase beta (アイ・カッパ・ビー・キナーゼ(IKKβ))は筋萎縮性側索硬化症(ALS)における神経変性の原因タンパク質である TDP-43 凝集を選択的に抑制することを解明しました。
ALS は運動ニューロンが選択的に細胞死を来すことで筋肉が萎縮する進行性の神経変性疾患です。最終的には呼吸や嚥下をつかさどる筋肉を含む全身の筋肉が動かせなくなります。ALS の9割以上を占める孤発性 ALS の発症原因は未だ不明で、進行を十分に抑制できる治療法は存在しません。ALS 病態では、TDP-43 が運動ニューロンの核から脱出して細胞質に凝集体として過剰に蓄積することがわかっていて、TDP-43 の細胞質での凝集が運動ニューロン死の主要な原因と考えられています。本研究グループは、タンパク質をリン酸化するキナーゼといわれるタンパク質の1つである IKKβが核内で機能する正常な TDP-43 には影響を与えず、細胞質で凝集した病的な TDP-43 を分解に導くことを解明しました。ALS では TDP-43 はカルボキシ末端のセリンが過剰にリン酸化されていることが知られていましたが、IKKβはTDP-43 のカルボキシ末端以外の、特に 92 番目のセリン (Ser92) をリン酸化することでTDP-43 自身の分解を促進することを解明しました。IKKβは同じくリン酸化酵素である IKKα、足場タンパク質*6 である NEMO と複合体を形成し、免疫反応や炎症など様々な細胞活動に関わる NF-kB の活性を制御する酵素ですが、ALS における役割は研究されていませんでした。本研究では TDP-43 Ser92 に対するリン酸化特異抗体も作製しました。この抗体を用いて ALS 患者さんの脊髄の免疫染色*7 を行うと、運動ニューロン内の凝集体の一部が染色されることがわかりました。ALS 病態においても、TDP-43 を積極的に分解する機構が一部では働いているものの、その機能が不十分なために病態が進行してしまう可能性が示唆されました。
最後に本研究グループは IKKβが TDP-43 凝集を減少させるだけでなく、凝集体による神経細胞のダメージも軽減することを、マウスの海馬神経細胞を利用した実験で証明しました。
本研究により、IKKβが細胞質の TDP-43 を選択的に分解することが明らかとなりました。この成果は、ALS の進行を抑制するための病態抑止療法につながると期待されます。

 

本研究成果は、2024 年 1 月 10 日付(日本時間 1 月 10 日 23 時)米国科学誌『Journal of Cell Biology』に掲載されました。

 

【ポイント】

・IKKβ*1 は TDP-43*2 のアミノ末端*3 側をリン酸化*4 することを発見
・IKKβによる TDP-43 リン酸化が TDP-43 の分解を促進することを解明
・IKKβは細胞質の TDP-43 発現を特異的に抑制し凝集体の毒性を軽減させる効果があることを解明

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1)IKKβ:セリンスレオニンタンパク質キナーゼ。IκB タンパク質をリン酸化し NFκB 経路を活性化させる酵素。本研究では TDP-43 が IKKβの新たな基質として同定。
*2)TDP-43:RNA 結合タンパク質。通常は主に核に局在し RNA 代謝に関わっている。
*3)アミノ末端:タンパク質の断端の一側。
*4)リン酸化:タンパク質の翻訳後修飾の一つで様々な細胞機能を制御している。
*6)足場タンパク質:複数のタンパク質に同時に結合する事により、それらのタンパク質の細胞内局在や、シグナル伝達の効率を変化させるタンパク質。
*7)免疫染色:抗体を用いて組織内の抗原を検出し顕微鏡で観察する。

 

【論文情報】

雑誌名:Journal of Cell Biology
論文タイトル:IκB kinase phosphorylates cytoplasmic TDP-43 and promotes its proteasome degradation
著者名・所属名:Yohei Iguchi 1*, Yuhei Takahashi 1, Jiayi Li 1, Kunihiko Araki 1,2, Yoshinobu Amakusa 1, Yu Kawakami 1, Kenta Kobayashi 4, Satoshi Yokoi 1, Masahisa Katsuno 1,3*
1: Department of Neurology, Nagoya University Graduate School of Medicine
2: Institute of Experimental Epileptology and Cognition Research, Medical Faculty, University of Bonn
3: Department of Clinical Research Education, Nagoya University Graduate School of Medicine
4: Section of Viral Vector Development, National Institute for Physiological Sciences
DOI: 10.1083/jcb.202302048

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Jou_240110en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 勝野 雅央 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/neurology/