名古屋大学大学院理学研究科の日比 正彦 教授、清水 貴史 准教授、伊藤 翼 助教らの研究グループは、モデル動物であるゼブラフィッシュを用いて、小脳神経細胞が産生されるしくみを解明しました。
小脳は、円滑な運動制御や運動学習だけでなく、恐怖応答学習など情動に関わる高次機能にも関与する脳の領域です。小脳に存在するプルキンエ細胞や顆粒細胞など複数の神経細胞は、発生過程で作られる神経前駆細胞から産生されると考えられてきましたが、その詳細なしくみは分かっていませんでした。
本研究では、小脳の神経前駆細胞からプルキンエ細胞が選択的に分化する過程で、Foxpファミリー転写制御因子であるFoxp1bとFoxp4、Skorファミリー転写共抑制因子Skor1bとSkor2が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。今回の成果は、神経前駆細胞の時点でその運命が決まっているのではなく、分化の過程で発現する因子の作用を受け、多種多様な神経細胞が産生される、というメカニズムを示しています。小脳の異常を示すヒト遺伝性疾患の理解や、試験管内での小脳神経細胞産生への応用が期待されます。本研究成果は、2024年3月8日付イギリスの科学雑誌「Development」オンライン版に掲載されました。
・小脳神経細胞注1)であるプルキンエ細胞やGABA作動性介在神経を産生する神経前駆細胞が、顆粒細胞や出力細胞も産生することを明らかにした。
・FoxpとSkorファミリー転写制御因子注2)が、プルキンエ細胞の分化注3)に重要な役割を果たすことを解明した。
・小脳の異常を示すヒト遺伝性疾患の病因の解明や、試験管内でのプルキンエ細胞産生への応用が期待される。
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注1)小脳神経細胞:
小脳には複数種の神経細胞が存在している。その内、グルタミン酸を神経伝達物質として使用している興奮性神経細胞が、顆粒細胞と投射神経細胞(哺乳類では深部小脳神経核神経細胞、ゼブラフィッシュでは広樹状突起細胞と呼ばれる)である。一方GABA(ガンマ-アミノ酪酸)を神経伝達物質としている抑制性神経細胞が、プルキンエ細胞や介在神経(ゴルジ細胞や星状細胞)である。小脳は、小脳外から二つの情報を受け取る、一つは顆粒細胞が受け取りプルキンエ細胞に伝達する。もう一つは直接プルキンエ細胞が受け取る。プルキンエ細胞は情報を統合して、投射神経を介して小脳外に出力することで、機能を発揮している。介在神経は、この小脳神経回路の機能を修飾している。プルキンエ細胞は情報統合出力を担う重要な神経細胞である。
注2)FoxpとSkorファミリー転写制御因子:
Foxp1bとFoxp4はfork head型転写制御因子で、特異的な配列のDNAに結合し、遺伝子の発現を制御するタンパク質である。Skor1bとSkor2は、SKIファミリー転写共抑制因子であり、DNAに直接結合しないが、他の転写因子を介してDNAに結合し、転写を抑制すると考えられている。本研究では、LIM homeobox型転写因子Lhx1a、Lhx1b、Lhx5と相互作用することを見出している。
注3)分化:
生体において生理機能を発揮する細胞の多くは、基になる幹細胞や前駆細胞から産生される。その過程を分化とよぶ。分化過程で幹細胞や前駆細胞は増殖を止め、その細胞が機能を保つための遺伝子・タンパク質を発現するようになる。分化過程の多くは、転写制御因子によって制御されている。
雑誌名:Development
論文タイトル:Foxp and Skor family proteins control differentiation of Purkinje cells from Ptf1a- and Neurogenin1-expressing progenitors in zebrafish
著者:Tsubasa Itoh, Mari Uehara, Shinnosuke Yura, Jui Chun Wang, Yukimi Fujii, Akiko Nakanishi, Takashi Shimizu, Masahiko Hibi
名古屋大学大学院理学研究科
DOI: 10.1242/dev.202546.
URL: https://journals.biologists.com/dev/article/doi/10.1242/dev.202546/344144/Foxp-and-Skor-family-proteins-control