化学
2024.04.23
In-silico探索を使って近赤外蛍光分子を開発 ~コンピュータによる網羅的自動探索手法の開発に成功~
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM※1)・学際統合物質科学研究機構(IRCCS※2)の山口 茂弘 教授、柳井 毅 教授、藤本 和宏 特任准教授らの研究グループは、量子化学計算をもとにしたin-silicoスクリーニング手法を開発し、多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbon, 以下PAH)注5)骨格にホウ素をドープした近赤外発光分子の開発に成功しました。
近赤外領域の光は、生体組織に対する透過性が高く、また生体に対する毒性が低いことから、ヘルスケアデバイスや生細胞の蛍光イメージングへの応用に適しています。しかし、近赤外領域で強く発光する新たな分子の開発は、長波長領域になるほど励起状態から無輻射失活過程注6)が速くなることから、本質的に難しい課題です。既存の分子骨格の修飾に終始するだけではなく、新たな分子骨格の探索が求められています。
本研究では、分子構造を自動的に生成させる分子構造ジェネレータを新たにプログラミングし、量子化学計算をもとにスクリーニングする探索手法の開発を行いました。この手法を、グラフェンの部分構造を切り出したPAH骨格に、ホウ素を組み込み、ヘテロ芳香環のチオフェンを縮環させるというコンセプトをもとに実施しました。得られた候補分子の一つを実際に合成し、それが近赤外領域で高い蛍光量子収率で発光することを示し、この探索手法の有用性を実証しました。この成果は、新たな発光性分子骨格を探索し、有用な分子性機能材料を開発する基盤技術になるものと期待できます。
本研究成果は、2024年4月22日付ドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載されました。
・分子構造ジェネレータ注1)をもとにしたin-silicoスクリーニング注2)により、発光分子を探索する手法を開発した。
・多環芳香族炭化水素骨格にホウ素をドープ注3)し、チオフェンを縮環させるという分子設計をもとに、考えられるすべての構造(~2500個)を生成させ、すべての構造に対して量子化学計算を行うことで、近赤外注4)領域で発光する分子の探索を行った。
・この探索をもとに選出した候補分子を実際に合成し、それが近赤外領域で強い発光を有することを示し、この手法の有用性を実証した。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
注1)分子構造ジェネレータ:
部分構造を組み合わせて分子の全体的な構造を生成するツール。In-silicoスクリーニングの候補分子生成などに用いられる。
注2)In-silicoスクリーニング:
コンピュータシミュレーションを使用して化合物の特性を予測し、材料や医薬品の開発に役立てる手法。実験を行わずに大量の化合物を評価し、有望な候補を選別することが可能である。
注3)ドープ:
物性を変化させるために少量の添加物を加えること。
注 4)近赤外:
650~1400 nmの光の波長域。
注5)多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbon):
ベンゼンなどの芳香環が結合を共有しながら連結(縮環という)してできあがる分子。ナフタレンやアントラセンのような分子や、グラフェンの部分構造であるナノグラフェンなども含まれる。
注6)無輻射失活過程:
分子が励起状態にあるとき、そのエネルギーが発光ではなく、熱エネルギーや振動エネルギーなどに変換される過程。
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:In-Silico Screening and Experimental Verification of Near-Infrared-Emissive Two-Boron-Doped Polycyclic Aromatic Hydrocarbons
著者:服部 泉, 羽飼 雅也, 伊藤 正人, 坂井 美佳, 成田 皓樹, 藤本和宏*, 柳井 毅*, 山口 茂弘*(*は責任著者)
DOI: 10.1002/ anie.202403829
URL: https://doi.org/10.1002/anie.202403829
※1【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
WPI-ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。
※2【IRCCSについて】(http://irccs.nagoya-u.ac.jp)
学際統合物質科学研究機構(IRCCS)は、名古屋大学、北海道大学触媒科学研究所、京都大学化学研究所附属元素科学国際研究センター、九州大学先導物質化学研究所の4大学がコアとなり、単なる研究所連携を越えた組織として、2022年に名古屋大学に設置されました。物質創製化学分野の融合フロンティアの開拓に挑むとともに、国際・異分野・地域・産学官の連携を強力に進める場を構築することにより、当該分野の世界的トップ拠点の形成を目指しています。触媒、バイオ機能、マテリアルを中心とした新分野創出の潮流を生むとともに、持続可能社会の進歩に貢献する科学研究を展開することを目的としています。
トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)/学際統合物質科学研究機構(IRCCS)/大学院理学研究科 山口 茂弘 教授
https://orgreact.chem.nagoya-u.ac.jp