北海道大学大学院医学研究院の宝満健太郎博士研究員、小野寺智洋准教授及び岩﨑倫政教授らの研究グループは、名古屋大学糖鎖生命コア研究所の古川潤一特任教授らと共同で、軟骨変性が生じる前に糖鎖が変化する現象に着目し、糖鎖を起点として軟骨が変性する仕組みを明らかにしました。
関節軟骨は、骨の端を覆い、腕や膝を曲げた時などにかかる衝撃を吸収する組織です。正常な関節軟骨は硝子軟骨と呼ばれます。一度、硝子軟骨が線維化(退行変性)すると、元に戻ることはなく、痛みや炎症を伴う変形性関節症(OA)*1へ進行していきます。これまでOAは軟骨退行変性を主体とする一方向性の病態と考えられてきました。
今回、研究グループは高マンノース型N型糖鎖*2を特異的に認識して分解する酵素であるα-マンノシダーゼを用いると、軟骨組織で変性初期の状態が再現され、その段階において軟骨が可逆的に回復することを発見しました。さらに高マンノース型N型糖鎖を欠損した軟骨細胞では、別の糖転移酵素*3を発現し、活性化させることで軟骨の状態を補う仕組みが働くことが見つかりました。このことは、OA初期は自然修復可能であることを意味しています。また、OAの軟骨細胞において高マンノース型N型糖鎖の減少に伴ってコアフコシル化が活性化していることを見出し、さらにコアフコシル化の責任糖転移酵素遺伝子であるFUT8 *4(α1,6 fucosyltransferase)が軟骨細胞に発現して、軟骨の恒常性*5維持の主要な経路の一つであるTGF-β経路を正に制御していることを明らかにしました。以上の結果から、軟骨変性初期に生じるコアフコシル化がブレーキのような役割で軟骨変性に抵抗するメカニズムが明らかになりました。本研究は、糖鎖からOAを引き起こした初めての研究です。
なお、本研究成果は、2024年3月11日(月)公開のeLife 誌にオンライン掲載されました。
・糖鎖が変形性関節症の早期の病因の一つであることを解明。
・変形性関節症の修復の鍵となる機序を解明。
・「疾患進行の危険性が高い軟骨」の早期発見に繋がる成果。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
*1 変形性関節症(OA) … 軟骨の恒常性が失われ関節軟骨の変性・破壊が進行する疾病。恒常性が失われる原因は不明であり、慢性炎症や力学的ストレス、老化などが病態を助長し、関節変形を導く。疾患修飾薬は未だ存在せず、対症療法として疼痛緩和を目的とした薬物療法、運動療法、手術療法が行われている。2011年時点で、日本には2,400万人の膝OA患者が推定され、現在も増加している。
*2 高マンノース型N型糖鎖 … タンパク質の翻訳後修飾のうちアスパラギン残基に付加する糖鎖をN型糖鎖と呼ぶ。その中でマンノースを中心に構成された(コア構造に1~6分子のマンノース残基が結合した)構造が高マンノース型に分類される。
*3 糖転移酵素 … 糖供与体である糖ヌクレオチドから単糖を基質体に転移することで糖鎖を伸長あるいは分岐させる反応を触媒する酵素群。
*4 FUT8 … 糖転移酵素の一つで、N型糖鎖の土台(コア)のN-アセチルグルコサミンの6位にフコースを1個付加させる。この位置に付いたフコースはコアフコースと呼ばれ、多くの糖タンパク質の機能制御に大きく関わるため、抗腫瘍抗体として上市された医薬品もある。
*5 軟骨の恒常性 … 関節を覆う軟骨は硝子軟骨と呼ばれ、成長軟骨と異なり、生涯にわたり「静止している」にもかかわらず代謝的に活性な状態にある機械的に感受性の軟骨細胞のバランスのとれた作用によって維持される。
糖鎖生命コア研究所 古川 潤一 特任教授
https://igcore.thers.ac.jp/research/field03/