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医歯薬学

2024.08.23

致死的な COVID-19 の肺病変においてはフェロトーシスが関与する

名古屋大学大学院医学系研究科 生体反応病理学の豊國 伸哉 教授らの研究グループは、米国コロンビア大学 Brent R. Stockwell 博士らとの共同研究で、致死的な新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の肺病変において、鉄依存性の制御性壊死であるフェロトーシスが関与することを新たに発見しました。
SARS-CoV-2*3 感染は深刻な肺の症状を引き起こし、そのメカニズムは十分に解明されておらず、治療法も限られています。COVID-19 患者における高フェリチン*4血症と肺の鉄代謝の異常は、鉄依存性細胞死であるフェロトーシスが関与している可能性を示唆しています。COVID-19 患者の肺の病理解剖結果から、フェロトーシスのマーカーであるトランスフェリン受容体 1*5 やマロンジアルデヒドの増加が確認されました。同時に、COVID-19 の肺では代謝やフェロトーシスに関与する脂質の異常が認められました。また、フェリチン軽鎖の増加が重症の肺病変と関連していることも明らかになりました。鉄の過剰は、肺の初期培養細胞や肺上皮細胞のフェロトーシスを促進しました。さらに、フェロトーシスマーカーは、雄のシリアンハムスターを用いたCOVID-19 肺疾患モデルで肺損傷の重症度と強く相関していました。これらの結果は、COVID-19 による肺疾患にフェロトーシスが関与していることを示しており、フェロトーシスの薬物による抑制が SARS-CoV-2 感染時の急性肺傷害を防ぐ補助療法として役立つ可能性があります。
本研究成果は、2024 年 5 月 20 日付『Nature Communications』誌に掲載されました。

 

【ポイント】

・新型コロナウイルス感染症(COVID-19) *1 において肺病変が重症となると死因となる
・米国における COVID-19 患者病理解剖例ならびにハムスターによる実験動物モデルで COVID-19 の重症肺病変を解析した
・COVID-19 の重症肺病変において、鉄依存性の制御性壊死であるフェロトーシス*2 の関与が示され、新たな創薬・治療標的として期待される

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19):COVID-19 は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされる感染症です。2019 年末に中国・武漢で初めて報告され、急速に世界中に広がりました。主な症状は発熱、咳、倦怠感などで、重症化すると肺炎や呼吸困難を引き起こし、一部の患者では命に関わることもあります。飛沫や接触を介して感染しやすく、パンデミックとして多くの国で大規模な社会的影響を与えました。ワクチンと公衆衛生対策が重要な防止手段です。

 

*2)フェロトーシス:フェロトーシスは、鉄依存性の制御性細胞死の一種です。脂質の過酸化が起こり、細胞膜の損傷を引き起こすことが特徴です。フェロトーシスは、抗酸化物質の枯渇や鉄の過剰供給によって誘導され、特に神経変性疾患やがん治療などで注目されています。アポトーシスとは異なり、炎症反応を引き起こしやすく、組織の損傷を促進する可能性があります。胎生期の赤芽球の成熟過程や老化において、生理的なフェロトーシスが存在することも知られています。

 

*3)SARS-CoV-2:SARS-CoV-2 は、新型コロナウイルスであり、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の原因ウイルスです。2019 年に中国の武漢で最初に報告され、世界中に広がりました。SARS-CoV-2 は、コロナウイルス科に属し、特に呼吸器系に影響を与えます。飛沫や接触を介して容易に感染し、発熱、咳、呼吸困難などの症状を引き起こします。ウイルスは重症急性呼吸器症候群(SARS)に関連しており、高い感染力と一部の患者で重症化する特性を持っています。

 

*4)フェリチン:フェリチンは、軽鎖あるいは重鎖の 24 ユニットよりなる細胞内に鉄を貯蔵するタンパク質であり、鉄代謝において重要な役割を果たします。フェリチンは、鉄イオンを非毒性固体の 3 価鉄の形で蓄えることができ、必要に応じて鉄を溶出して利用します。主に肝臓、脾臓、骨髄などに存在し、血清フェリチン値は体内の鉄の総量を反映します。高フェリチン血症は炎症や鉄過剰症、感染症などで見られることがあり、逆に低フェリチン値は鉄欠乏性貧血の指標となります。

 

*5)トランスフェリン受容体 1:トランスフェリン受容体 1 は、鉄結合タンパク質であるトランスフェリンと結合し、細胞に鉄を取り込むための重要なタンパク質です。トランスフェリン受容体 1 は、基本的にすべての細胞の細胞膜上に存在し、トランスフェリンに結合した鉄を受容体を介して細胞内に輸送します。鉄は細胞の増殖や機能維持に不可欠であり、特に赤血球の生成に必要です。この受容体の発現は、細胞の鉄需要に応じて調節され、鉄の代謝や貯蔵に重要な役割を果たしますが、フェロトーシスをおこす細胞で高発現になることが知られています。

 

【論文情報】

雑誌名: Nature Communications
論文タイトル: Fatal COVID-19 pulmonary disease involves ferroptosis
著者名・所属名:
Baiyu Qiu 1,11, Fereshteh Zandkarimi 1,2,11, Anjali Saqi 3,11, Candace Castagna 4, Hui Tan 1, Miroslav Sekulic 3, Lisa Miorin 5,6, Hanina Hibshoosh 3, Shinya Toyokuni 7,8, Koji Uchida 9 & Brent R. Stockwell 1,3,10
1. Department of Chemistry, Columbia University, New York, NY 10027, USA.
2. Mass Spectrometry Core Facility, Department of Chemistry, Columbia University, New York, NY 10027, USA.
3. Department of Pathology and Cell Biology, Columbia University Irving Medical Center, New York, NY 10032, USA.
4. Institute of Comparative Medicine, Columbia University Irving Medical Center, New York, NY 10032, USA.
5. Department of Microbiology, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York, NY 10029, USA.
6. Global Health Emerging Pathogens Institute, Icahn School of Medicine at Mount Sinai, New York, NY 10029, USA.
7. Department of Pathology and Biological Responses, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan.
8. Center for Low-temperature Plasma Sciences, Nagoya University, Furo-Cho, Chikusa-ku Nagoya 464-8603, Japan.
9. Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, Tokyo 113-8657, Japan.
10. Department of Biological Sciences, Columbia University, NewYork, NY10027, USA.
11. These authors contributed equally: Baiyu Qiu, Fereshteh Zandkarimi, Anjali Saqi.

 

DOI: 10.1038/s41467-024-48055-0

 

 

English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Nat_240823en.pdf

 

【研究関係者】

大学院医学系研究科 豊國 伸哉 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/pathology/pathology1/