医歯薬学
2025.04.28
手術が本当に必要? 超音波内視鏡で膵のう胞(IPMN)のがん化リスクを精密診断
名古屋大学大学院医学系研究科消化器内科学の熊野良平 医員(研究当時:博士課程学生)、川嶋啓揮 教授、藤田医科大学医学部消化器内科の大野栄三郎 教授らの研究グループは、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の手術適応に関する新たな評価基準を提案しました。本研究では、超音波内視鏡(EUS)という高精度な検査を用い、IPMN の進行がんリスクをより正確に評価できる可能性を示しました。
IPMN は膵臓にできる嚢胞(液体の入った袋状の病変)で、一部ががん化するため、適切な治療選択が重要です。これまで、がん化リスクが高い「High-risk stigmata(HRS)」と呼ばれる所見がある場合、手術を推奨していました。しかし、すべての HRS を持つ患者が必ず手術を受けるべきかは明確ではありませんでした。特に、膵臓の手術は体への負担が大きく、高齢者や持病のある患者にはリスクが伴うため、不必要な手術を避けるための精密な診断方法が求められていました。
本研究では、257 名の HRS を有する IPMN 患者を対象に、EUS を用いて「浸潤性結節(IN)」という進行がんの兆候があるかどうかを調査しました。その結果、IN の有無が患者の生存率に大きく影響することが判明しました。IN がある患者は手術によって予後が改善する一方、IN がない患者は手術を受けなくても良好な経過をたどることが多いと分かりました。特に、高齢者や持病のある患者では、IN がない場合、手術をしてもしなくても生存率にほとんど差がなく、対象患者全体の約 20%、高齢者や持病のある患者の約 50%が手術をしなくても問題なく経過する可能性が示唆されました。
この研究により、IPMN の治療方針をより個別化し、不必要な手術を減らすことが可能となります。特に、高齢者や持病のある患者では、浸潤性結節の有無に応じて手術をするか、もしくは慎重に経過観察を行うかを選択する新たな治療戦略を提案できます。今後、この研究の成果が IPMN の診療指針の検討に役立ち、膵臓がんのより正確な診断と適切な治療選択につながることが期待されます。
本研究成果は、2025 年 2 月 17 付『Annals of Surgery』ののオンライン先行版に掲載されました。
●膵臓の前がん病変「IPMN」の手術適応を再検討
膵のう胞性腫瘍である膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)(*1)は、がん化のリスクがあるが、高リスク症例(*2)のすべてに手術が必要かは明確でなかった。
●重要な診断ツール「超音波内視鏡(EUS)」が有効
超音波内視鏡(EUS)(*3)は、従来の CT よりも高精度で、IPMN の浸潤がん(*4)の兆候である「浸潤性結節(*5)」を検出できることを提案。
●進行がんの兆候「浸潤性結節」の有無が生存率に大きく影響
浸潤性結節がある患者は生存率が低下する傾向があり、一方で浸潤性結節がない患者は手術を行わなくても良好な予後を示した。
●高齢者や持病がある人への影響
浸潤性結節がなければ、手術を回避しつつ、安全に経過観察を続けることが可能となる。
●膵がんの診断精度向上と治療選択の改善に貢献
精密な診断により、浸潤の有無をより正確に評価し、不必要な手術を減らしつつ、適切な治療選択を可能にする。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
(*1)膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)
膵臓の膵管内に発生する粘液を産生する嚢胞性腫瘍。良性のものもあるが、一部は進行してがん化する可能性がある。
(*2)高リスク所見(High-risk stigmata: HRS)
IPMN の中で特にがん化のリスクが高いと考えられる特徴を指す。膵管の拡張、嚢胞内の結節の有無などを基準に判断される。
(*3)超音波内視鏡(EUS: Endoscopic Ultrasound)
内視鏡の先端に超音波装置を備え、胃や十二指腸から膵臓やその周囲の組織を高精細な画像で観察できる検査法。CT や MRI では捉えにくい微小病変を詳細に評価できる。
(*4)浸潤がん(Invasive carcinoma)
がん細胞が膵管の壁を超えて周囲の組織に浸潤した状態。IPMN がこの段階に達すると、進行性の膵がんとなる。
(*5)浸潤性結節(Invasive Nodule: IN)
IPMN 内に存在する結節(こぶ状の腫瘍)のうち、超音波内視鏡において嚢胞壁を超えて膵組織に広がる特徴を持つと判断されるもの。浸潤性結節があると、進行性の膵がんである可能性が高いと判断される。
雑誌名:Annals of Surgery
論文タイトル:Prognostic role of enhancing mural nodules in intraductal papillary mucinous neoplasms with high-risk stigmata
著者: 熊野 良平、川嶋 啓揮(名古屋大学大学院医学系研究科消化器内科学)、大野 栄三郎(藤田医科大学医学部消化器内科) ほか
DOI: 10.1097/SLA.0000000000006674
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Ann_250428en.pdf
大学院医学系研究科 熊野 良平 医員
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/gastroenterology/