一般相対性理論と量子力学との統一的な理解は現代物理学の大きな課題です。しかし、扱うスケールが大きく異なる一般相対性理論と量子力学の両方を同時に検証するのは難しく、実験の例は限られていました。その中で、中性子を用いた実験、干渉計や超冷中性子の重力による束縛状態の観測などは、重力と量子力学が同時に現れる中性子のユニークな物理系として、数十年に渡って大きな関心を集めてきました。
凹面鏡に冷中性子ビームを沿わせると遠心加速度によって表面を這うような量子状態が現れます。ここで、等価原理(※1)、つまり重力と加速度が等価であることを使うと、遠心加速度によって束縛される量子状態を重力によって束縛される量子状態のアナロジーとみなすことができます。つまり、凹面鏡の表面を這う運動を、床の上で弾むボールのような運動とみなすことができます。これにより、仮想的な重力下の量子状態を探索することができます。
本研究で、大強度陽子加速器施設(J-PARC)(※2)の物質・生命科学実験施設(MLF)で生成されるパルス状の冷中性子ビームと、精密に研磨された凹面鏡を使って実験を行いました。測定と理論計算の結果を比較したところ、遠心加速度が地球重力の 700 万倍の状況でも量子力学が正しく成り立っていることを 2%の精度で検証することができました。さらに、より高い精度での測定のためには、凹面鏡の粗さだけではなく、より広い範囲でのうねりを抑える必要があることが分かりました。
測定の精度は 1 万分の 1 であると見積もられたため、理想に近い形状の凹面鏡と凹面鏡の形状を取り入れた量子力学計算を行うことで、より高い精度での検証が可能となります。高い精度を活かして、凹面と中性子の間に働く到達距離 10 nm の未知短距離力(※3)探索に応用することも可能です。
● Question
一般相対性理論と量子力学の統一理論構築は現代物理学の大きな課題です。一般相対性理論は重力と加速度の等価性に立脚しています。しかし、量子状態の加速度下における振る舞いは限られた実験でしか検証されていませんでした。
● Findings
我々は凹面鏡に中性子ビームを沿わせると遠心加速度によって表面を這うような量子状態が現れることに着目しました。中性子が地球重力の 700 万倍に相当する加速度下で作る 量子状態の観測に成功し、量子力学が正しく成り立つことをパルス中性子で初めて検証しました。測定の感度自体は 1 万分の 1 に相当し、今後より精密な凹面鏡と量子力学計算を用いることで精度をさらに高めることが可能です。
● Meaning
本研究の検証精度を高め、地球重力によって束縛された量子状態の結果と比較すること
で、量子力学における等価原理の検証がこれまで実現されていなかった高い精度で可能となります。また、1 万分の 1 という高い感度を活かして 10 ナノメートルの到達距離を持つ未知短距離力の探索にも有望です。
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※1.等価原理
重力によって生じる力と加速によって生じる力は局所的には区別できないという考えが「等価原理」です。一般相対性理論の出発点となる重要な考え方です。原理という名前ですが正確には仮説で、理論的・実験的に検証することが現代物理学のひとつの重要な課題となっています。
※2.大強度陽子加速器施設(J-PARC)
高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われています。J-PARC 内の MLF では、世界最高強度のミュオン及び中性子ビームを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まっています。
※3.未知短距離力
質量を持った粒子によって媒介される仮説上の相互作用です。たとえば、正体がわかっていない暗黒物質・暗黒エネルギーを説明する仮説や、目に見えない空間の広がり(次元)を仮定することで相互作用を統一的に理解しようとする余剰次元モデルでは質量を持った新しい粒子が現れます。媒介する粒子の質量に反比例して到達距離が決まります。この到達距離より遠方では相互作用が弱くなるた め、近距離での実験的な検証が必要です。
タイトル:Measurement of neutron whispering gallery states using a pulsed neutron beam
著者:Go Ichikawa and Kenji Mishima
雑誌名:Physical Review D
(アドレス)
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevD.111.082008
素粒子宇宙起源研究所(KMI)フレーバー物理学国際研究センター 三島 賢二 特任准教授
(Φ研) https://www.phi.phys.nagoya-u.ac.jp/
(KMI) https://www.kmi.nagoya-u.ac.jp/