化学
2025.05.29
反応性の逆転!?ニッケル触媒が可能にする有機硫黄化合物の新形式クロスカップリング ~硫黄官能基を足がかりとする多彩な芳香環修飾法~
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM※)の南保 正和 特任准教授、Cathleen Crudden(キャサリン・クラッデン) 客員教授、理学研究科の大蔵 竜盛 博士後期課程学生は東京大学の横川 大輔 准教授とともに、ニッケル触媒を用いた芳香族スルホン類の炭素-硫黄結合の切断を経由する新形式の鈴木-宮浦クロスカップリング反応の開発に成功しました。芳香族スルホン類は化学的に安定であるため、基質としてクロスカップリング反応に用いた例はほとんどありませんでしたが、本研究によりその制約を触媒の力で打破できることを示しました。興味深いことに、本ニッケル触媒は反応性が高い芳香族ハロゲン化物よりも優先的に芳香族スルホンと反応することが明らかとなり、この反応性が逆転する現象は従来のクロスカップリング化学の常識に当てはまらない稀有な例といえます。今回見出した炭素-硫黄結合を変換する手法と硫黄官能基自体が有する特性を活用することで逐次的な分子変換が可能となり、これまで合成が困難であった分子骨格を簡便に構築する合成戦略を示すことができました。この成果は、芳香族スルホンが多様性に富む有用な芳香族化合物群の自在合成における新しい鋳型分子となることを示すものであり、新しい医農薬品や有機材料の開発への貢献が期待されます。
本研究成果は、2025年5月28日付米国の科学雑誌「ACS Catalysis」のオンライン版に掲載されました。
・ニッケル触媒によって反応性の乏しい芳香族スルホン類の炭素-硫黄結合切断を経由するクロスカップリングの開発に成功。
・従来のクロスカップリング反応注1)の常識に当てはまらない反応性の逆転現象(芳香族スルホン>芳香族塩化物)。
・硫黄官能基の本来の特性を併せ用いることで複雑に修飾された芳香族化合物の合成が可能となり、新しい医農薬品や有機材料の開発への貢献に期待。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
注1)クロスカップリング:
2つの有機分子を高選択的に連結する革新的な合成手法。その開拓者であるR. F. Heck博士、根岸英一博士、鈴木章博士が2010年にノーベル化学賞を受賞している。
雑誌名:ACS Catalysis
論文タイトル:Desulfonylative Suzuki-Miyaura Cross-Coupling of Unactivated Aryl Sulfones through Ni Catalysis
著者:大蔵竜盛、手塚(田原)康予、横川大輔、Cathleen M. Crudden*、南保正和*
DOI: doi.org/10.1021/acscatal.5c02609
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.5c02609
※【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究を行うミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発を行い、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。
トランスファーマティブ生命分子研究所 南保 正和 特任准教授,Cathleen Crudden(キャサリン・クラッデン) 客員教授