・固体試薬同士を直接混ぜる「メカノケミカル反応注1)」。
・長らく教科書で「進行しない」とされてきた反応が穏和な条件で進行。
・不活性な多環芳香族炭化水素(PAH)注2)が直接変換可能に。
・空気下、室温で、有機溶媒がほとんど不要な芳香環連結分子合成を達成。
・簡単な原料からナノグラフェン注2)への変換も可能。
名古屋大学大学院理学研究科の伊藤 英人 准教授、遠山 祥史 博士後期課程学生らは、メカノケミカル反応を用いた新たな芳香環連結法である「Birch(バーチ)還元的アリール化反応」の開発に成功しました。
多環芳香族炭化水素(PAH)は、ナノグラフェンの合成前駆体として、また有機電子材料の重要な基本骨格として有用な分子群です。通常PAHは非常に安定で直接変換することが難しいため、ナノグラフェン合成などには官能基化されたPAH(官能基化PAH)を調整し、クロスカップリング反応などで段階的に芳香環同士を連結する必要がありました。さらに、PAHの有機溶媒に対しての低い溶解性、反応効率のために、合成可能な官能基化PAHに限りがありました。
本研究では、金属リチウムとPAH、芳香族フッ素化合物を用いて、ボールミルと呼ばれる粉砕機で固体反応剤同士を機械的に混合撹拌する「メカノケミカル反応」を行うことで、未踏の芳香環連結反応(バーチ還元的アリール化)の開発に成功しました。
本反応は、化合物を溶かすための有機溶媒が不要であり、空気中、室温、短時間で実施可能です。官能基をもたないアントラセン、ピレン、フルオランテン、ベンゾトリフェニレン、ペンタセンといった、通常反応不活性なPAHを直接用いることができます。PAHに新たに1つから4つの芳香環を一挙につなげることにも成功し、一つの反応容器で小さなPAHから大きなナノグラフェンを合成することもできました。
本反応は、長らく教科書で「進行しない」とされてきた反応です。今後、新しい固体有機反応化学の展開が期待される画期的な成果です。
本研究成果は、2025年5月30日に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版に掲載されました。
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注1)メカノケミカル反応:
一般に有機合成では、反応剤同士を有機溶媒中に溶かして混合する必要があり、1 グラムの反応試薬に対して 100 mL〜1 L 程度の溶媒が必要となる。研究室レベルの実験では比較的簡単に実施できるが、工業化の際に大スケール化が難しい(非常に多くの有機溶媒を必要とする、反応熱の制御が困難、収率や再現性が低下する)といった問題点がある。これに対して、近年、固体反応剤同士を機械的に直接混和して反応させるメカノケミカル反応が注目を浴びている。ボールミルなどの粉砕機を用いたメカノケミカル反応では、反応剤と撹拌用ボールを反応容器に加えて容器自身を直接機械的に振動させて内容物を混合することで反応を行う。有機溶媒をほとんど用いないこと、反応が短時間で完結すること、大量合成が容易であるなどのコスト・効率面での実用的な利点だけでなく、有機溶媒中では起こらない化学反応や現象がみられるなど、近年注目を浴びている。
注2)多環芳香族炭化水素(PAH)、ナノグラフェン:
ベンゼン(C6H6)やナフタレン(C10H8)よりも多くの芳香環をもつ芳香族炭化水素の総称であり、原油や燃焼時のすす、星間物質としても広く自然界に多く分布する。比較的小さな分子にはアントラセン、フェナントレン、ピレン 、ペリレン、コロネンなどの慣用名がある。PAHを原料に、芳香族化合物同士を連結し、脱水素環化と呼ばれる手法でナノグラフェンが合成できる。
雑誌名:Nature Communications.
論文タイトル:Birch Reductive Arylation by Mechanochemical Anionic Activation of Polycyclic Aromatic Compounds(多環芳香族化合物のメカノケミカルアニオン活性化によるバーチ還元的アリール化反応)
著者:Yoshifumi Toyama, Akiko Yagi, Kenichiro Itami, Hideto Ito (遠山祥史・八木亜樹子・伊丹健一郎・伊藤英人)
下線は本学関係者。
DOI: 10.1038/s41467-025-60318-y
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-025-60318-y