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医歯薬学

2025.07.03

酸化ストレスはBRCA2変異による発がんを促進しない! フェロトーシス誘導が発がんを打ち消す新知見

【研究概要】

・新規作製したBrca2変異ラットは、ヒトと同様に自然発がんを高頻度に示すモデル動物
・しかし、鉄投与による酸化ストレスは、Brca2変異の腎がん促進効果を打ち消すことが判明
・初期段階ではフェロトーシス抵抗性を獲得する一方、慢性的な鉄負荷はミトコンドリア傷害を介してフェロトーシスを誘導
・本研究により、BRCA2変異キャリアにおける放射線・酸化ストレスに対する過剰な回避が不要である可能性を示唆

 

名古屋大学大学院医学系研究科 生体反応病理学の前田勇貴(まえだ ゆうき)大学院生、豊國伸哉(とよくに しんや)教授らの研究グループは、東京大学医科学研究所 実験動物研究施設 先進動物ゲノム研究分野の真下知士(ましも ともじ)教授らとの共同研究により、がん抑制遺伝子 BRCA2 の変異によって生じる発がんが、鉄を介した酸化ストレス(フェントン反応)によっては促進されないことを、世界で初めて実験的に証明しました。BRCA2 は乳癌や卵巣癌(遺伝性乳癌卵巣癌症候群*1)をはじめとする複数のがんの発症リスクと強く関連する遺伝子であり、その機能不全はゲノムの不安定性を引き起こすことが知られていますが、その具体的な発がんメカニズムや環境因子との相互作用には未解明の部分が多く残されていました。
本研究では、BRCA2 にヒトと同様の変異を導入した新規ラットモデルを用いて、鉄の過剰投与により人工的に酸化ストレスを誘導し*2、発がんの進行に与える影響を精緻に解析しました。その結果、BRCA2 変異ラットでは自然発がんが高頻度に認められたにもかかわらず、鉄由来の酸化ストレスによって腎発がんが促進されることはなく、むしろ細胞死(フェロトーシス*3)を誘導することで発がんが抑制されている可能性が示されました。この発見は、酸化ストレスがすべてのがん促進要因ではないことを示すとともに、BRCA1BRCA2 のがん抑制機構に本質的な違いが存在することを示唆しています。
本成果は、がん予防戦略や医療的意思決定、特に BRCA2 遺伝子変異を有する患者に対する放射線検査・治療の安全性評価において、重要な科学的基盤を提供するものです。
本研究成果は、国際科学誌「Redox Biology」に2025年6月24日にオンライン掲載されました。

 

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【用語説明】

*1)遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC; hereditary breast and ovarian cancer syndrome):
遺伝的に乳癌や卵巣癌が家族性に多発する疾患(家族性腫瘍)であり、BRCA1BRCA2などのがん抑制遺伝子に生まれつき変異があることが原因とされている。HBOC関連乳癌は通常の乳癌と比較して若年で、左右両方の乳房に発生するリスクが高いことが知られている。HBOC患者では生涯がん発症率が、乳癌ではBRCA1で72%、BRCA2で69%、卵巣癌ではBRCA1で44%、 BRCA2で17%に及ぶとされる。さらに、男女で膵癌、男性では乳癌、前立腺癌など様々ながんのリスクが上がることが知られている。
*2)過剰鉄による酸化ストレス:
過剰鉄状態では触媒性Fe(II)が増加しフェントン反応を促進する。この化学反応(Fe[II]+H2O2 →Fe[III] + OH- + ・OH)は生体内で最も反応性の高い化学種として知られる・OH (ヒドロキシルラジカル)を生じる反応であり、Fe[II] はこの反応を触媒する。ヒドロキシラジカルが酸化ストレスをおこし、その結果発生するゲノム DNAの傷害によってがんが発生すると考えられている。
*3)フェロトーシス:
フェロトーシスは2012年に初めて提唱された細胞死の概念であり、触媒性Fe(II)依存性におこる壊死(ネクローシス)で、細胞膜の脂質過酸化によって発生する。発がんの文脈においては、フェロトーシスは鉄による過剰な遺伝子の傷害を回避する防御として働くと考えられ、この細胞死に対し抵抗性が発生していること(フェロトーシス抵抗性の獲得)が発がんにおいては重要であるとされる。

 

【論文情報】

雑誌名:Redox Biology
論文タイトル:Iron-catalyzed oxidative stress compromises cancer promotional effect of BRCA2 haploinsufficiency through mitochondria-targeted ferroptosis
著者:Yuki Maeda, Yashiro Motooka, Shinya Akatsuka, Hideaki Tanaka, Tomoji Mashimo and Shinya Toyokuni
DOI: 10.1016/j.redox.2025.103739

URL: https://doi.org/10.1016/j.redox.2025.103739

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科生体反応病理学 豊國 伸哉 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/pathology/pathology1/