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医歯薬学

2025.07.24

巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)の鍵は"嫌気性解糖"にあり ~FSGSの進行に関わるポドサイトの代謝異常を解明~

【研究概要】

・巣状分節性糸球体硬化症(Focal segmental glomerulosclerosis: 以下FSGS)*1の患者血清はポドサイト*2に傷害を与え、治療抵抗例の血清でより強く認めました。
・ポドサイト傷害の進展にエネルギー代謝異常が関与していること、特に、嫌気性解糖*3によるエネルギー産生低下がポドサイト傷害と関連していることが明らかになりました。
・嫌気性解糖の低下は、ポドサイト傷害を進展させ、糸球体硬化を悪化させました。
・FSGSにおけるエネルギー代謝異常の制御が、新たな治療法の開発や創薬につながることが期待されます。

 

名古屋大学大学院医学系研究科腎臓内科学の椙村 真裕 客員研究者(筆頭著者)、同大学医学部附属病院腎臓内科の前田 佳哉輔 助教(責任著者)、同大学大学院医学系研究科腎臓内科学の丸山 彰一 教授、同大学糖鎖生命コア研究所の門松 健治 教授らの研究グループは、慶應義塾大学先端生命科学研究所 平山 明由准教授との共同研究で、指定難病である一次性ネフローゼ症候群*4の一つであるFSGSの進行に、ポドサイトと呼ばれる腎臓のろ過機能を担う細胞におけるエネルギー代謝異常、特に「嫌気性解糖」の低下が深く関与していることを明らかにしました。

 

研究チームは、FSGS患者の血清がポドサイトに強い細胞死を誘導し、その程度が病理学的重症度やステロイド治療の抵抗性と相関することを突き止めました。さらに、エネルギー代謝解析により、治療抵抗性のFSGSではポドサイトにおける嫌気性解糖によるエネルギー産生が著しく低下していることが明らかとなりました。加えて、解糖系の中心酵素であるLDHAを欠損させたマウスでは、糸球体硬化が有意に進行することが確認されました。

 

FSGSは小児から成人まで幅広く発症し、ステロイド抵抗例が多く報告される予後不良な腎疾患です。従来は免疫異常や炎症が中心に注目されてきましたが、今回の発見により、細胞内のエネルギー代謝異常が病態の鍵を担う可能性が示されました。特に解糖経路の障害が、ポドサイトの構造破綻と糸球体硬化の引き金となることが示唆されました。この研究成果は、患者血清や細胞の代謝状態の評価により治療抵抗性の予測が可能となるだけでなく、解糖を中心としたエネルギー代謝異常の制御が、新たな治療法開発や創薬につながることが期待されます。

 

本研究成果は、2025年6月22日に国際腎臓学会 学術誌『Kidney International Reports』にオンライン掲載されました。

 

 

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【用語説明】

*1)巣状分節性糸球体硬化症(Focal segmental glomerulosclerosis: 以下 FSGS):
FSGSは、糸球体の一部(巣状)かつ部分的な領域(分節性)に硬化性病変を生じる疾患で、治療抵抗例や再発例が多くみられ、しばしば末期腎不全へと進行します。
*2)ポドサイト:
腎臓の糸球体に存在し、血液をろ過する重要な細胞です。足のように広がる構造でフィルターの役割を果たしており、傷害されると著明な蛋白尿を起こし、ネフローゼ症候群を引き起こします。
*3)嫌気性解糖:
酸素を使わずに、ブドウ糖からエネルギー(ATP)を作り出す代謝の仕組みです。多くの細胞が速やかにエネルギーを得るために使っており、特にポドサイトにとって定常状態では重要なことが知られています。中でも、最終酵素である乳酸脱水素酵素A(LDHA)は嫌気性解糖の重要な役割を示します。
*4)ネフローゼ症候群:
尿中へのタンパク大量喪失(タンパク尿)、血液中のアルブミン低下、浮腫(むくみ)などを特徴とする腎疾患の総称です。治療抵抗性を示すFSGSや治療反応性の良い微小変化型ネフローゼ症候群(MCD)などが原因になります。

 

【論文情報】

雑誌名:Kidney International Reports
論文タイトル:Dysregulated anaerobic glycolysis in podocytes is relevant to the progression of focal segmental glomerulosclerosis
著者:
Masahiro Sugimura, MD1,2, Kayaho Maeda, MD, PhD1*, Katsuaki Shibata, MD1,2, Hiroshi Seko, MD1,2, Yohei Kozaki, MD1,2, Akiyoshi Hirayama, PhD4, Tomoyoshi Soga, PhD4, Takaya Ozeki, MD, PhD1, Yuka Sato, MD, PhD1, Noritoshi Kato, MD, PhD1, Tomoki Kosugi, MD, PhD1, Kenji Kadomatsu, MD, PhD2,3, Shoichi Maruyama, MD, PhD1
所属:
1Department of Nephrology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2Department of Biochemistry, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
3Institute for Glyco-core Research, Nagoya University, Nagoya, Japan
4Institute for Advanced Biosciences, Keio University, Tsuruoka, Japan

 

DOI: 10.1016/j.ekir.2025.06.022

 

【研究代表者】

医学部附属病院 腎臓内科 前田 佳哉輔 助教
https://www.nagoya-kidney.jp/