・将来の水銀使用制限を見据えて、溶存無機炭素分析のための新たな水試料殺菌手法を提案
・国際的に広く用いられる水銀に代わって、環境負荷の少ない塩化ベンザルコニウムを使用
・ろ過処理を組み合わせることで、適用可能な水試料の範囲を拡大
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)活断層・火山研究部門 高橋 浩 主任研究員は、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 宇宙地球環境研究所(以下「名大」という) 南 雅代 教授と共同で、水試料の溶存無機炭素の濃度および炭素同位体の高精度な分析を実現するための水試料の殺菌処理に関し、環境負荷の極めて低い新手法を開発しました。
温室効果ガスの代表である二酸化炭素の多くは海洋に吸収されて、海水中では溶存無機炭素として存在します。したがって海水試料の溶存無機炭素の分析は、地球環境の変化を把握し予測するために重要です。分析は、国際的に定められた共通手法で行われており、その中では水銀による殺菌が行われます。水銀は優れた殺菌力を持つ反面、生物への危険性と環境負荷の高さから世界的にも使用制限が進む物質です。
今回、水銀による殺菌に替えて、ろ過処理と塩化ベンザルコニウムによる殺菌処理からなる手法が地下水や河川水などの淡水試料だけでなく、海水や汽水などの塩水試料といった幅広い水試料に対して有効であることを確認しました。この成果は、安全かつ安定した試料の確保を可能にし、試料処理に関する将来の世界共通手法の改訂に貢献することが期待されます。
なお、この技術の詳細は、2025年7月21日に「Ocean Science」に掲載されました。
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溶存無機炭素
溶存無機炭素は、水中に存在する無機炭素成分の総称で、主に、炭酸イオン・重炭酸イオン・溶存二酸化炭素で構成されます。水中の植物プランクトンは、これらの溶存無機炭素を光合成に利用しています。また、水中微生物の呼吸(有機物の分解)によって放出される二酸化炭素は、水に溶解して溶存無機炭素に加わります。
炭素同位体
同じ元素でも質量の違う原子が存在し、それを同位体と呼びます。炭素同位体には、主に質量数が12、13、14のものがあり、このうち質量数が12と13のものが安定同位体、質量数14のものが放射性同位体(放射性炭素を参照)です。同位体は同じ化学的性質を持つため、同位体が違っても同じ化合物を形成しますが、質量数が違うことで、反応の速度や選択性にほんのわずかな違いが生まれます。このわずかな差を利用することで、炭素の移動や反応の過程を詳細に解析することができます。
塩化ベンザルコニウム
塩化ベンザルコニウムは、殺菌・消毒用の薬剤で、第四級アンモニウム化合物に分類される陽イオン界面活性剤です。新型コロナウイルスの流行時には、手指の消毒剤として広く使用されました。
掲載誌:Ocean Science
論文タイトル:Combining benzalkonium chloride addition with filtration to inhibit dissolved inorganic carbon alteration during the preservation of water sample in radiocarbon analysis
著者:Hiroshi A. Takahashi, Masayo Minami
DOI: https://doi.org/10.5194/os-21-1395-2025