TOP   >   化学   >   記事詳細

化学

2025.07.15

ヨウ素触媒を用いた"アルコール常温酸化法"を開発 ~持続可能な医薬品・機能性材料づくりに貢献する新技術~

【研究概要】

・3価のヨウ素触媒(4,5-Me2-IBS(Ⅲ))とオキソンによる遷移金属や重金属を使わない環境負荷の低いアルコール酸化法を開発。
・反応機構の解析に基づき反応条件等を工夫することで、従来の70℃から30℃への大幅な低温化を実現。
・幅広い基質適用性を実現し、熱や酸に不安定な官能基の酸化にも対応。
・ワンポット酸化エステル化反応への応用に成功。
・基質の量をスケールアップしても酸化反応が進行することを確認。

 

従来のアルコール酸化法は、多くの場合、高価な貴金属触媒や有害な重金属酸化剤が使われ、反応条件も過酷なため、環境負荷が高く、安全性にも課題があります。そのため、温和な条件で広範な基質を効率よく酸化できる手法は限られています。
名古屋大学大学院工研究科の石原 一彰 教授、ウヤヌク ムハメット 准教授らの研究グループでは、元素戦略の観点からヨウ素を活用した触媒開発研究を行っています。2009年、同研究グループは、重金属や貴金属を一切使用せず、ヨウ素触媒“IBS(Ⅴ)”注1)と無機酸化剤“オキソン”注2)を用いたアルコールの酸化反応を報告しました注3)。しかし、この反応では反応温度を70℃にする必要があり、熱や酸に不安定な基質に適用できないという課題が残りました。
今回、本研究グループは、2009年に論文発表した注3)ヨウ素触媒IBS(V)/オキソン系における触媒活性種の段階的生成機構を詳細に解析し、その律速段階注4)を明らかにしました。この機構的理解をもとに、IBS触媒の構造、反応条件、実験操作手順を最適化し、さらに相間移動触媒注5)を加えてオキソンの溶解性を向上させることで、常温付近(〜30℃)での酸化反応を達成しました。その結果、熱や酸に不安定な官能基を含むアルコールを含め、幅広い基質に対して高収率かつ高選択的にアルデヒドやケトンに酸化することに成功しました。本手法は、第一級アルコールからのワンポット注6)酸化的エステル化反応への展開も可能であり、医薬品や精密化学品合成における工程の簡略化にもつながります。本手法の開発により、医薬品や精密化学品をはじめとするさまざまな分野で、環境負荷の低い持続可能な合成手法としての応用が期待されます。
本研究成果は、2025年7月7日付英国王立化学会誌「Green Chemistry」のオンライン版(open access)に掲載されました。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)IBS(V):
2-iodoxybenzenesulfonic acid(2-ヨードキシベンゼンスルホン酸)の略称。R-IBS(V)のR = Hのとき、IBS(V)として表記している。
注2)オキソン:
プールの殺菌剤などにも使われる、安全で環境に優しい酸化剤。
注3)2009年発表論文
Uyanik, M.; Akakura, M.; Ishihara, K. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 251–262. DOI:10.1021/ja807110n
注4)律速段階:
複数のステップで構成される化学反応全体の速度を決定している、最も進行が遅い段階。
注5)相間移動触媒:
固体と液体や水と油のように混じり合わないもの同士の境界(界面)を越えて、試薬を運び、反応を促進する触媒。今回は、固/液相間移動を促進する触媒。
注6)ワンポット反応:
複数の反応工程を、中間体を取り出すことなく一つの反応容器内で行う合成手法。時間、資源、エネルギーを節約し、廃棄物を削減できる。

 

【論文情報】

雑誌名:Green Chemistry(英国王立化学会誌)
論文タイトル:The Low-Temperature Selective Oxidation of Alcohols and a One-Pot Oxidative Esterification Using an IBS(III/V)/Oxone Catalysis
著者:近藤 竜太郎(大学院博士前期課程学生(研究当時))、ウヤヌク ムハメット(准教授)、石原 一彰(教授)
DOI: 10.1039/D5GC01737H
URL: https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2025/gc/d5gc01737h
※open access

 

【研究代表者】

大学院工学研究科 石原 一彰 教授
http://www.ishihara-lab.net/