・メスの聴感覚細胞注1)の感度をドーパミン注2)が調節していた。
・このドーパミンによる調節の有無は、メスの交尾意欲と関係していた。
・聴感覚細胞に対するドーパミンの調節は、メスの求愛歌への応答行動を促進した。
・動物が示す柔軟な音情報処理システムの理解につながると期待される。
名古屋大学大学院理学研究科・トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM※)の上川内 あづさ 教授、山腰 春奈 博士後期課程学生らの研究グループは、ショウジョウバエのメスにおいて、聴感覚細胞がドーパミンによって柔軟に調節されていることを発見しました。
多くの動物において、音刺激に対する応答性が状況に応じて柔軟に調節されています。しかし、こうした調節を可能にする神経メカニズムについては、十分には解明されていません。本研究では、音情報処理の最初の段階を担う聴感覚細胞に着目し、ショウジョウバエをモデルとして研究を行いました。その結果、交尾意欲の高いメスでは、ドーパミンが聴感覚細胞の応答を増強することを発見しました。このような調節は、交尾意欲の低いメスには認められませんでした。さらに、ドーパミンによる聴覚応答の増強が、交尾意欲の高いメスの求愛歌に対する応答行動にも影響を及ぼすことを示しました。
状況に応じた柔軟な聴覚応答の調節は、ヒトを含む哺乳類や他の脊椎動物にも共通する現象です。本研究は、動物が状況に応じて感覚処理を調節する仕組みの一端を明らかにするものであり、感覚入力と行動出力の間をつなぐ情報処理の柔軟性を理解する上で重要な知見となります。
本成果は2025年7月29日付国際科学雑誌「iScience」に掲載されました。
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注1)聴感覚細胞:
聴覚器に存在し、音の振動を最初に検知する役割を担う感覚細胞。ショウジョウバエにおいては、これらの細胞はニューロン(神経細胞)であり、触角基部にある「ジョンストン器官」の内部に存在する。
注2)ドーパミン:
脳内のニューロン同士が情報を伝え合うために使う神経伝達物質の一つ。運動制御、報酬系、学習、感情、動機づけなど多様な脳機能に関与している。ヒトから昆虫まで、幅広い動物種において保存された機能を持つ。
雑誌名:iScience
論文タイトル:Mating status-dependent dopaminergic modulation of auditory sensory neurons in Drosophila
著者:山腰 春奈※、堀米 美帆子※、山本 将太朗※、岩波 翔也※、岩見 真吾※、田中 良弥※、石川 由希※、上川内 あづさ※
(※ 名古屋大学関係者)
DOI: 10.1016/j.isci.2025.113232
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004225014932
※【WPI-ITbMについて】(http://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。
WPI-ITbMでは、精緻にデザインされた機能を持つ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といった様々な課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。