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数物系科学

2025.08.26

カゴメ金属における"電流の一方通行" 新原理を発見 ーミクロな電流ループを活用した新しい量子的な整流効果ー

【研究概要】

・カゴメ(籠目)金属では、ナノスケールの回転電流が生じるループ電流相注1)が出現。
・ループ電流相のカイラリティーを活用した、磁場で反転する整流効果注2)の新原理を発見。
・ループ電流が電子の波動関数にもたらす量子幾何効果により整流効果が顕著に増大。

 

名古屋大学大学院理学研究科の山川 洋一 講師と紺谷 浩 教授は、京都大学基礎物理学研究所の田財 里奈 助教、東京大学大学院工学系研究科の森本 高裕 准教授と共に、カゴメ格子構造注3)の金属化合物で観測された、電流が一方向のみ流れやすい整流効果を有する量子相を解明する新原理を発見しました。この系で発現するループ電流相をスイッチング磁場により“反転”させることで、整流効果の極性が反転することを見出しました。
幾何学的フラストレーション注4)を有する新種の超伝導体であるカゴメ金属CsV3Sb5では、時間反転対称性注5)が破れてナノスケールの永久電流が流れるループ電流相など、多彩な新奇量子相が実現します。この系で、電流が一方向のみ流れやすくなる「整流効果」が最近発見されました。整流効果は、空間反転対称性注6)が破れた金属で生じる現象ですが、カゴメ格子構造では破れていません。加えて微弱なスイッチング磁場により極性が反転するため、ループ電流相などの量子相に由来する“新奇な整流効果”として注目されました。しかしその理論的根拠は未解明でした。
本研究では、従来の整流効果の理論を拡張し、ループ電流のカイラリティー(回転の向き)が磁場で反転することで、整流効果の極性が反転することを明らかにしました。さらに整流効果が、ループ電流が電子の波動関数にもたらす量子幾何効果により、顕著に増大することを見出しました。本研究は、カゴメ金属の重要問題であるループ電流相の正体を明らかにすると同時に、新規デバイス応用においても注目を集めています。
本成果は2025年8月26日午前4時(日本時間)以降に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America」誌(PNAS、米国科学アカデミー紀要)で公開されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

注1)ループ電流相:
電子相関によって電子の飛び移り積分が位相を持つとき、時間反転対称性が破れて、ナノスケールのループ電流が流れる。F.D.M. Haldaneによりハニカム格子に対して導入され、その後銅酸化物超伝導体において長年精力的に研究されてきたが、最近カゴメ金属において多数の有力な実験的観測が報告されている。
注2)整流効果:
金属に電流Jを流すと電位差Vが生じる(図1)。Jの向きを反転したときVの絶対値が変化する場合、これを整流効果と呼ぶ。整流効果の必要条件は、空間反転対称性が破れていることである。しかしカゴメ格子構造は空間反転対称なので、カゴメ金属の整流効果は、反転対称性を破った電子状態に帰着される。
注3)カゴメ格子構造:
竹籠の網目模様に類似した2次元格子構造(図1)。カゴメ格子金属の強い幾何学的フラストレーションにより、単純なスピン秩序や電荷秩序が抑制される。このためカゴメ格子金属では電子相関が強い金属領域が安定化し、新奇な金属量子相の舞台となる。
注4)幾何学的フラストレーション:
カゴメ格子が有する三角形構造は、電子の磁気秩序や電荷秩序を著しく抑制する効果があり、幾何学的フラストレーションと呼ばれる。
注5)時間反転対称性:
時刻の向きを逆転(t→-t)させる操作のことを時間反転と呼ぶ。時間反転により元に戻る状態のことを、時間反転対称性を持つという。ループ電流秩序は時間反転により回転方向(カイラリティー)が変わるため、時間反転対称性を破っている。
注6)空間反転対称性:
ある原点を中心に空間を逆転(r→-r)させる操作のことを空間反転と呼ぶ。適当な空間反転により元に戻る状態のことを、空間反転対称性を持つという。

 

【論文情報】

雑誌名: Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America誌(PNAS、米国科学アカデミー紀要)
論文タイトル:Quantum-metric-induced giant and reversible nonreciprocal transport phenomena in chiral loop-current phases of kagome metals
著者: 田財里奈(京都大学)、山川洋一(名古屋大学)、森本高裕(東京大学)、紺谷浩(名古屋大学) 

DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2503645122

 

【研究代表者】

大学院理学研究科 紺谷 浩 教授, 主著者:田財 里奈(京都大学), 山川 洋一 講師
https://www.s.phys.nagoya-u.ac.jp/