・雨が降ると土壌の一酸化二窒素(N2O)注1)放出が活発になることが知られていたが、その理由はよく分かっていなかった。
・放出されるN2Oの酸素同位体組成、中でも極微量の17Oを含めた三酸素同位体組成注2)を指標に用いることで、降雨時は脱窒反応注3)由来のN2Oの放出が活発化するとこを突き止めた。
・本研究成果は、土壌からの温室効果気体注4)放出を抑制する上で重要な知見となる。また三酸素同位体組成は、自然界における窒素酸化物一般の挙動や起源、生成メカニズム等を解明する上で、有用なツールになる。
名古屋大学大学院環境学研究科の丁 瑋天(てい いてん)日本学術振興会特別研究員(受入機関:名古屋大学)、角皆 潤 教授、中川 書子 准教授らの研究グループは、土壌から放出される一酸化二窒素(N2O)の三酸素同位体組成を観測し、降雨時は脱窒反応由来のN2Oの放出が活発化することを突き止めました。
大気中のN2Oは強力な温室効果気体であり、森林や農地などの土壌はその代表的な放出源となっています。雨が降ると、土壌のN2O放出が活発になることは知られていましたが、その理由はよく分かっていませんでした。そこで降雨時に放出されるN2Oの三酸素同位体組成を精密分析し、このN2Oは、主に土壌中の脱窒反応によって生成したことを突き止めました。一方で晴天時は硝化注3)が主要な生成過程となっていることも明らかになりました。
本成果は、農地など土壌からの温室効果気体放出を抑制する上で重要な知見となります。また三酸素同位体組成を指標に用いる本手法は、N2Oをはじめとする窒素酸化物の挙動や起源、生成メカニズム等を解明する上で、有用なツールになります。
本研究成果は、2025年9月1日15時(日本時間)付でEGU(欧州地球科学連合)の学術誌『Biogeosciences』オンライン版に掲載されました。
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注1)一酸化二窒素(N2O):
亜酸化窒素とも呼ばれ、大気中では温室効果気体であると同時にオゾン層の破壊にも寄与する。対流圏の平均濃度は0.3 ppm程度で、二酸化炭素(約400 ppm)やメタン(約2 ppm)と比べると少ないが、年間1 ppb(=0.001 ppm)前後のペースで濃度が増大し続けている上に、1分子あたりの温室効果は二酸化炭素の約300倍あるため、産業革命以降の温室効果への寄与率は6%(CO2は65%)に達する。またその多くは、農地や森林などの土壌中で生成し、大気中に放出されたものと考えられている。土壌からの放出量の削減は当然として、これを実現するために生成メカニズムの解明が必要とされている。なお1分子あたりの温室効果が大きいので、1分子あたりの削減の効果も大きく、削減の効率が良いという側面もある。
注2)三酸素同位体組成:
酸素原子は三種の安定同位体(16O, 17O, 18O)から構成される。酸素原子を含む化合物が化学反応や相変化をすると、酸素の三種の安定同位体の相対比も若干変化するが、一般的な化学反応や相変化では、16Oに対する17Oの相対比と、16Oに対する18Oの相対比は、比例して変化する。ところが、大気中で進行するごく一部の化学反応では、この比例関係から大きく逸脱して相対比が変化する。その結果、大気中のオゾン(O3)には17Oの相対的な過剰が見られ、他方大気中の酸素(O2)には17Oの相対的な欠乏が見られる。また海水や雨水(H2O)には、過剰も欠乏もほとんど見られない。この17Oの過剰度(欠乏度)を数値化したのが三酸素同位体組成であり、海水を基準として、これより17Oの過剰が大きくなると数値はプラスとなり、欠乏するとマイナスとなる。また、土壌中で進行する一般的な化学反応(硝化反応や脱窒反応)では、三種の安定同位体の相対比が変化しても、三酸素同位体組成(=17Oの過剰度)は変化しない。したがって、土壌中の一酸化二窒素(N2O)の三酸素同位体組成を測定し、これを酸素(O2)や亜硝酸(NO2–)の三酸素同位体組成と比較することで、そのN2O中の酸素原子が酸素(O2)に由来するのか、あるいは亜硝酸(NO2–)由来するのか、区別できる(図1)。
注3)硝化・脱窒:
いずれも微生物による窒素化合物の代謝反応であり、一酸化二窒素(N2O)を生成する可能性がある。硝化は、好気的な環境下(=O2が共存する環境下)でアンモニア(NH3)を酸素(O2)と反応させて酸化し、最終的に硝酸(NO3–)を生成する代謝反応である。N2Oはこの硝化反応の副生成物で、NO3–とともに生成する。一方、脱窒は、嫌気的な環境下(=O2が共存しない環境下)で硝酸(NO3–)を酸化剤とする代謝反応であり、NO3–は還元され、亜硝酸(NO2–)を経て、最終的に窒素ガス(N2)となる。N2Oは亜硝酸(NO2–)が窒素ガス(N2)となる反応の中間生成物であり、生成すると同時に分解もされる。これ以外のN2O生成反応として嫌気性アンモニア酸化(Anammox)反応が存在し、微生物学的には硝化・脱窒と大きく異なるが、三酸素同位体組成は脱窒と区別できないので、本論文中では脱窒の一部として取り扱っている。
注4)温室効果気体:
太陽が放射する可視光線を通過する一方で、これを吸収した地表面が放射する赤外線を吸収して大気を暖め、地球の気温を上昇させる働きをする大気成分。代表的な温室効果気体として、水蒸気(H2O)、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)などがある。これら温室効果気体の濃度が増加すると地球に温暖化を引き起こすため、人間活動に起因した放出量の増大を抑制する必要があるとされている。
雑誌名:Biogeosciences(欧州地球科学連合の科学雑誌)
論文タイトル: Triple oxygen isotope evidence for the pathway of nitrous oxide production in a forested soil with increased emission on rainy days
著者:Weitian Ding1, Urumu Tsunogai1, Tianzheng Huang1, Takashi Sambuichi1, Wenhua Ruan1, Masanori Ito1, Hao Xu1, Yongwon Kim2, Fumiko Nakagawa1(丁 瑋天1, 角皆 潤1, 黄 天政1, 三歩一 孝1, 阮 文鏵1, 伊藤 昌稚1, 許 昊1, Yongwon Kim2, 中川 書子1)
※1.名古屋大学,※2.University of Alaska Fairbanks (UAF)DOI: 10.5194/bg-22-4333-2025 URL: https://bg.copernicus.org/articles/22/4333/2025/
大学院環境学研究科 角皆 潤 教授, 主著者:丁 瑋天(てい いてん)(日本学術振興会特別研究員)