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生物学

2026.05.29

細胞の小さな「アンテナ」が、脳領域の形成を制御することを発見 -ヒト脳オルガノイドで一次繊毛シグナルの働きを解明-

【ポイント】

公立大学法人名古屋市立大学大学院医学研究科細胞生化学分野の嶋田逸誠講師、橋本寛助教、加藤洋一教授、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所・大学院工学研究科生命分子工学専攻の清中茂樹教授、堂浦智裕講師、国立精神・神経医療研究センターの伊藤雅之研究員らの研究グループは、ヒトiPS細胞※1から作製した脳オルガノイド※2を用いて、神経幹細胞※3の一次繊毛※4シグナルが、ヒト脳発生の初期における細胞の領域性※5に重要であることを明らかにしました。

 

一次繊毛は、細胞表面から1本だけ伸びる小さな突起で、細胞外からの信号を受け取る「アンテナ」のような構造です。本研究では、神経幹細胞の一次繊毛に、細胞の性質を調節する分子が集まっていることを見いだしました。さらに、一次繊毛に存在する分子「ARL13B※6」や「GPR161※7」を失わせると、神経幹細胞は大脳皮質※8に近い領域性を弱め、より腹側の脳領域※9に近い特徴を示しました。

 

また、光操作※10により一次繊毛内のcAMP※11シグナルを高めると、GPR161を失ったことで変化した神経幹細胞の性質が回復しました。さらに、化学遺伝学※12を用いてGPR161を一次繊毛の外へ移すと、神経幹細胞の性質が変化しました。これらの結果から、一次繊毛内の分子の位置や信号が、神経幹細胞の領域性を調節することが示されました。

本研究は、ヒト脳発生の初期に神経幹細胞の領域性がどのように決まるのかを理解するうえで、新たな手がかりとなる成果です。また、一次繊毛の異常と関連する疾患で、脳発生に異常が生じる仕組みの理解にもつながることが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

※1: ヒトiPS細胞
ヒトの体の細胞から作られる細胞で、さまざまな種類の細胞へ変化できる性質を持ちます。本研究では、脳オルガノイドを作製するために用いました。

 

※2: 脳オルガノイド
ヒトiPS細胞などから作製する小さな3次元組織です。脳発生の一部を実験室で再現できる研究モデルとして用いられます。

 

※3: 神経幹細胞
神経細胞のもとになる細胞です。発生期の脳で増殖しながら、さまざまな神経細胞やグリア細胞を生み出します。

 

※4: 一次繊毛
細胞の表面から1本だけ伸びる「アンテナ」のような構造をした細胞小器官です。

 

※5: 領域性
発生中の細胞が、どの脳領域に近い性質を持つかを示す言葉です。本研究では、神経幹細胞が大脳皮質に近い背側の性質を示すのか、より腹側の脳領域に近い性質を示すのかを解析しました。

 

※6: ARL13B
一次繊毛に存在する分子の一つです。本研究では、ARL13Bを失わせると、一次繊毛の形や分子配置が変化し、神経幹細胞の背側・腹側の領域性にも変化が生じました。

 

※7: GPR161
一次繊毛に存在する受容体の一つです。GPR161は、cAMPシグナルやソニックヘッジホッグシグナルの調節に関連します。本研究では、GPR161を失わせた場合や一次繊毛の外へ移した場合に、神経幹細胞の性質が腹側へ傾くことを示しました。

 

※8: 大脳皮質
大脳の表面にある部分です。感覚、運動、記憶、思考などに関連します。本研究では、神経幹細胞が大脳皮質に近い領域性を示す仕組みに注目しました。

 

※9: より腹側の脳領域
発生期の脳では、背側と腹側でできる細胞の種類が異なります。腹側には、腹側終脳、腹側前脳、視床下部原基などが含まれます。本研究では、一次繊毛シグナルの変化により、神経幹細胞がより腹側の脳領域に近い性質を示しました。

 

※10: 光操作
光に反応する分子を使い、細胞内の信号を操作する方法です。本研究では、一次繊毛内のcAMPシグナルを高めるために用いました。

 

※11: cAMP
細胞内で情報を伝える小さな分子です。本研究では、cAMPを増やす薬剤や、光に反応してcAMPを作る分子を用いて、神経幹細胞の領域性を補正できるかを調べました。

 

※12: 化学遺伝学
特定の薬剤に選択的に応答するように設計した分子を薬剤で操作する方法です。本研究では、薬剤を用いてGPR161を一次繊毛の外へ移し、GPR161の位置が神経幹細胞の領域性に与える影響を調べました。

 

【論文情報】

[論文タイトル]
Light- and chemical-induced ciliary signaling governs dorsal/ventral regionalization of human telencephalic organoids

 

[著者]
嶋田 逸誠1,* , 後藤 あかり1, 橋本 寛1, 井上 始2, 菅原 巧人2, 堂浦 智裕2, 藤田 翼1, 岩田 駿昂1,新本 莉子1, 高瀬 弘嗣3, 伊藤 雅之4, 清中 茂樹2,5, 加藤 洋一1,**共責任著者)

 

[所属]
1. 名古屋市立大学大学院医学研究科 細胞生化学分野
2. 名古屋大学大学院工学研究科 生命分子工学専攻
3. 名古屋市立大学大学院医学研究科 共同研究教育センター
4. 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 病態生化学研究部
5. 名古屋大学 未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所

 

[掲載学術誌]
学術誌名 Nature Communications
DOI番号:10.1038/s41467-026-73505-2

URL:https://doi.org/10.1038/s41467-026-73505-2

 

【研究代表者】

大学院工学研究科, 未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所 清中 茂樹 教授, 大学院工学研究科 堂浦 智裕 講師

・清中教授/堂浦講師:https://www.chembio.nagoya-u.ac.jp/labhp/life1/index.html

・清中教授:https://nls.mirai.nagoya-u.ac.jp/iqci/