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医歯薬学

2021.03.22

痛みを感じた時の脳内の神経回路変化をホログラフィック顕微鏡によって解明

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学研究科分子細胞学分野の和氣 弘明 教授(神戸大学先端融合研究環兼務)・加藤 大輔 助教、神戸大学大学院医学研究科麻酔科学分野の岡田 卓也 特定助教、溝渕 知司 教授らのグループは、2光子顕微鏡※1を用いた生体カルシウムイメージング法※2およびホログラフィック光刺激※3により、痛み強度や部位の認知に重要な役割を担う大脳皮質第一次体性感覚野において、痛みが形成される際に各神経細胞間の機能的結合が強化されることを世界で初めて解明しました。
本研究は、神戸大学先端融合研究環の的場修教授、神戸大学大学院システム情報学研究科の滝口哲也教授との共同研究およびニューサウスウェールズ大学のAndrew J Moorhouse博士との国際共同研究として行われました。痛みは末梢組織の侵害による炎症や末梢神経の損傷によって生じ、その発生や維持に中枢神経系の異常が関与していることが報告されています。大脳皮質において第一次体性感覚野は、痛みの強度や部位の認知に重要な役割を担っており、痛みの急性期に活動が亢進することが機能的核磁気共鳴法や2光子顕微鏡を用いた研究で示されています。しかし、同一の各神経細胞間の機能的結合や活動の相関性が経時的にどのように変化し、これらの変化が痛みの形成や維持にどのような影響をもたらすかは明らかではありませんでした。
今回の研究では、炎症性疼痛モデルマウスを用いた実験により、痛みの急性期に大脳皮質体性感覚野の神経細胞集団の自発的な活動上昇および各細胞間の活動相関性の上昇、さらにホログラフィック光刺激によって1つの神経細胞を刺激した際の周囲の神経細胞の応答が増加することが分かりました。そして、痛みの改善に伴ってこれらの変化が元の状態まで低下することが明らかになりました。また、そのメカニズムにはN型カルシウムイオンチャネルの発現量が関与しており、このチャネル阻害薬投与が、痛みの感じやすさの緩和に有効であることも明らかになりました。この発見は、痛みが慢性化した慢性疼痛患者の治療法に繋がる可能性が期待されます。
この研究成果は、3 月 19 日(米国東部時間)、Science Advances に掲載されました。


【ポイント】

○ 痛みの急性期の大脳皮質第一次体性感覚野において、神経細胞の自発的な活動と細胞間の活動相関性が増加すること、ホログラフィック光刺激によって1つの神経細胞を刺激した際の周囲の神経細胞の応答が増加し、痛みの改善に伴ってそれらが元の状態まで低下することが明らかになりました。
○ 痛みの急性期の大脳皮質第一次体性感覚野では N 型カルシウムイオンチャネルの発現量が増加しており、その阻害薬の局所投与(脳室内および体性感覚野の脳表)が痛みの緩和に有効であることも明らかになりました。
○ 今回の発見は、痛みが慢性化した慢性疼痛患者の治療法開発に繋がる可能性があります。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら


【用語説明】

※1)2光子顕微鏡
生きたままの組織内の細胞を観察することができる顕微鏡。赤外線レーザーを使用するため組織透過性が高く、脳の深部まで観察可能である。
※2)生体カルシウムイメージング法

2光子顕微鏡を用いて、神経細胞内のカルシウムイオン濃度を光の強度として計測することで、神経細胞の活動を観察する方法。
※3)ホログラフィック光刺激
物体からの光波の情報を記録し、計算機で3次元情報を再生できるホログラフィー技術を用いて、特定の細胞だけを選択して光刺激することが可能である。

 

【論文情報】

雑誌名:Science Advances(3 月 19 日付 米国東部時間)
論文タイトル:Pain induces stable, active microcircuits in the somatosensory cortex that provide a new therapeutic target
著者:Takuya Okada1,2, Daisuke Kato3, Yuki Nomura2, Norihiko Obata2, Xiangyu Quan4, Akihito Morinaga1,3, Hajime Yano5, Zhongtian Guo1,3, Yuki Aoyama1,3, Yoshihisa Tachibana1, Andrew J Moorhouse6, Osamu Matoba4, Tetsuya Takiguchi5, Satoshi Mizobuchi2 and Hiroaki Wake1,3,7*
所属:
1 Division of System Neuroscience, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Japan.
2 Division of Anesthesiology, Kobe University Graduate School of Medicine, Kobe, Japan.
3 Department of Anatomy and Molecular Cell Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan.
4 Kobe University Graduate School of System Informatics, Department of System Science, Kobe, Japan.
5 Kobe University Graduate School of System Informatics, Department of Information Science, Kobe, Japan.
6 School of Medical Sciences, UNSW Sydney, Australia.
7 Core Research for Evolutional Science and Technology, Japan Science and Technology Agency, Saitama, Japan.
DOI:10.1126/sciadv.abd8261
English ver.
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_E/research/pdf/Sci_Ad_210319en.pdf

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 和氣 弘明 教授

https://www.med.nagoya-u.ac.jp/cel-bio/index.html