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医歯薬学

2022.01.31

肝転移病変における免疫チェックポイント阻害薬に対する新規耐性メカニズムの解明 ―新規がん免疫療法開発の可能性が期待―

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学と国立がん研究センター研究所などの研究チームは、肝転移病変を始めとした解糖系 *3が亢進した腫瘍において免疫チェックポイント阻害薬治療に耐性が導かれる新たな機構を発見しました。
本発見は免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を改善する新規治療法の開発につながると考えられます。免疫チェックポイント阻害薬を用いたがん免疫治療法は、日本では 2014 年に悪性黒色腫で保険適用されて以降、肺がんや胃がんを始めとした様々ながん種の治療に用いられています。しかしながら治療効果が認められる患者さんが 20~30%と少なく、治療効果が認められない原因を解明し、新たな治療法を生み出すための研究が必要です。
これまで研究チームはがん組織に存在する PD-1 を発現した制御性 T 細胞が PD-1/PD-L1 阻害薬治療耐性と相関があることを見出して報告してきました(Kumagai S, et al. Nat Immunol 2020)。本研究では免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペンブロリズマブ)による治療もしくは手術治療を受けた悪性黒色腫、肺がん、胃がん患者のがん組織検体を用いて、がん組織に存在する免疫細胞に関する詳細な解析を行いました。その結果、肝転移病変を始めとした解糖系が亢進した腫瘍においては、グルコースが代謝されることによりがん組織内の乳酸濃度が高まり、それに伴い制御性 T 細胞の PD-1 発現が高まり、PD-1/PD-L1 阻害薬治療耐性につながっていることを見出しました。また、T 細胞の中で制御性 T 細胞だけが乳酸を代謝して活性化する経路を持っていることを発見し、それにより制御性 T 細胞が乳酸濃度の高いがん組織で活性化(PD-1 発現)していることを明らかにしました。これは、肝臓転移巣が抗 PD-1 抗体治療で hyper progression する機序の解明に繋がりました。乳酸の代謝機構の阻害薬を併用することで、制御性 T 細胞によるがん組織の免疫抑制が解除され、PD-1/PD-L1 阻害薬治療への耐性が改善することを示しました。
研究成果は 2022 年 1 月 27 日付(米国時間)米国科学雑誌「Cancer Cell」電子版に掲載されました。
本研究は、国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院医学系研究科 微生物・免疫学講座 分子細胞免疫学 西川 博嘉 教授(国立がん研究センター 研究所 腫瘍免疫研究分野、先端医療開発センター 免疫 TR 分野 分野長 併任)、国立研究開発法人国立がん研究センター 研究所 細胞情報学分野 間野 博行 分野長、熊谷 尚悟 外来研究員(日本学術振興会 PD 特別研究員、先端医療開発センター 免疫 TR 分野 外来研究員併任)らの研究チームで行いました。

 

【ポイント】

● がん組織に存在する制御性 T 細胞 *1の PD-1 タンパク質の発現によって、免疫チェックポイント阻害薬(PD-1*2/PD-L1 阻害薬)の治療耐性が生じることが明らかとなりました。がん組織内の制御性 T 細胞は PD-1 タンパク質を高発現することで治療耐性を引き起こし、組織内の乳酸により、このPD-1 発現が誘導されることを新たに発見しました。
● これにより、乳酸を多く産生する肝転移病変などにおいて、免疫チェックポイント阻害薬に耐性化している機序に関与している可能性が示されました。臨床の場で抗 PD-1 抗体治療によって肝臓転移巣がむしろ増悪することがあることが知られていましたが、その原因の一部が明らかになったと考
えられます。
● 乳酸代謝経路を阻害する薬剤によって、免疫チェックポイント阻害薬抵抗性の効果が得られない肝転移腫瘍などで治療効果が改善される可能性が考えられ、今後の研究開発につながることが期待されます。

 

◆詳細(プレスリリース本文)はこちら

 

【用語説明】

*1 制御性 T 細胞:
体内の CD4 陽性細胞の中で FoxP3 を強く発現する T 細胞集団で、抗腫瘍免疫応答を含めたエフェクターT 細胞による免疫応答を抑制する働きがあります。抗腫瘍免疫応答以外にも体内で起こる様々な免疫応答を抑制して免疫系の恒常性を維持しています。

 

*2 PD-1:
PD-1 は免疫細胞上に発現する免疫チェックポイント分子であり、樹状細胞やがん細胞に発現する PD-L1 や PD-L2 と結合することで、免疫細胞の働きを抑制します。PD-1/PD-L1 阻害薬治療により PD-1が PD-L1 と結合しなくなることで、免疫細胞が本来の働きを取り戻し、がん細胞を攻撃するようになると考えられています。

 

*3 解糖系:
生物の体の中にある糖の代謝経路を指します。糖を分解し、細胞のエネルギー源となる ATP を産生する多段階の化学反応です。最終代謝産物として乳酸を細胞外に放出します。一般的にがんでは正常細胞と比較して解糖系が高まると考えられています。

 

【論文情報】

雑誌名: Cancer Cell
タイトル: Lactic acid promotes PD-1 expression in regulatory T cells in highly glycolytic tumor microenvironments
著者: Shogo Kumagai1,2,3, Shohei Koyama2,4, Kota Itahashi2, Tokiyoshi Tanegashima2, Yi-tzu Lin2,3, Yosuke Togashi2, Takahiro Kamada2, Takuma Irie2, Genki Okumura2, Hidetoshi Kono2, Daisuke Ito2, Rika Fujii2, Sho Watanabe2, Atsuo Sai2,3, Shota Fukuoka2, Eri Sugiyama2, Go Watanabe2, Takuya Owari2, Hitomi Nishinakamura2, Daisuke Sugiyama3, Yuka Maeda2, Akihito Kawazoe5, Hiroki Yukami5, Keigo Chida5, Yuuki Ohara6, Tatsuya Yoshida7, Yuki Shinno7, Yuki Takeyasu7, Masayuki Shirasawa7, Kenta Nakama8, Keiju Aokage9, Jun Suzuki9, Genichiro Ishii6, Takeshi Kuwata6, Naoya Sakamoto6, Masahito Kawazu1, Toshihide Ueno1, Taisuke Mori10, Naoya Yamazaki8, Masahiro Tsuboi9, Yasushi Yatabe10, Takahiro Kinoshita11, Toshihiko Doi5, Kohei Shitara5, Hiroyuki Mano1 and Hiroyoshi Nishikawa2,3
所属: 1Division of Cellular Signaling, National Cancer Center Research Institute, Tokyo 104-0045, Japan, 2Division of Cancer Immunology, Research Institute/Exploratory Oncology Research & Clinical Trial Center (EPOC), National Cancer Center, Tokyo 104-0045/Chiba 277-8577, Japan, 3Department of Immunology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466–8550, Japan, 4Department of Respiratory Medicine and Clinical Immunology, Osaka University Graduate School of Medicine, Osaka, Japan, 5Department of Gastroenterology and Gastrointestinal Oncology, 6Pathology and Clinical Laboratories, 9Department of Thoracic Surgery and 11Department of Gastric Surgery, National Cancer Center Hospital East, Chiba 277- 8577, Japan, 7Department of Thoracic Oncology, 8Department of Dermatologic Oncology, 10Department of Pathology, National Cancer Center Hospital, Tokyo 104-0045, Japan.
DOI: 10.1016/j.ccell.2022.01.001
URL: https://www.cell.com/cancer-cell/fulltext/S1535-6108(22)00003-4
掲載日: 2022 年 1 月 27 日付(日本時間 1 月 28 日)

 

【研究代表者】

大学院医学系研究科 西川 博嘉 教授
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/medical_J/laboratory/basic-med/micro-immunology/immunology/