兵庫県立大学大学院理学研究科の長尾聡特任助教(現 高輝度光科学研究センター)及び久保稔教授、理化学研究所放射光科学研究センターの當舎武彦専任研究員(現 兵庫県立大学)及び杉本宏専任研究員のグループは、名古屋大学大学院理学研究科の荘司長三教授らの研究グループと共同で、X線自由電子レーザー(XFEL)※1施設SACLA※2を活用し、触媒サイクル中、酵素内で基質※3の向きが精密に制御されることで、触媒反応が効率よく進む瞬間を捉えました。
薬物の代謝やステロイドホルモンなどの生理活性物質の生合成に関わる重要な酵素として、シトクロムP450が知られています。今回の共同研究グループは、その中でも特に高い活性を持つP450BM3※4に注目し、バイオ触媒としての応用を目指した研究を行ってきました。これまで、タンパク質工学※5や基質誤認識システム※6の開発により、本来の基質でないスチレンをP450BM3に取り込ませて、スチレンを立体選択的に酸化させることに成功していました。これは、「酵素を自在に操り、望みの化学反応を人工的に触媒させる」という大きな目標に向けた第一歩でしたが、本来の基質でないスチレンがどのように酸化されるのか、その仕組みは未解明のままでした。
本研究では、スチレンが酸化される途中の状態(反応中間体)をフリーズトラップ※7し、SACLAが生み出す極短パルスX線を用いて、反応中間体の構造を高精度で観察することに成功しました。その結果、スチレンが酸化反応の直前にP450BM3の内部で回転し、特定の方向から酸化されやすい位置に動く瞬間が捉えられました。この成果は、さまざまな有用化合物を生産するバイオ触媒の設計において重要な知見を提供します。本研究成果は、国際科学雑誌「Communications Chemistry 」に2025年3月12日午後7時(日本時間)に掲載される予定です。
◆詳細(プレスリリース本文)はこちら
※1.X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かし、数十マイクロメートル以下の小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析に利用されている。また、フェムト秒パルスの特性を活かし、X線照射による試料損傷が顕在化する前の構造を解析することが可能であり、鉄原子を含む酵素など、損傷が顕著な試料の構造解析に利用されている。
※2.SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本ではじめてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1 nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を持つ。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。
※3.基質
酵素に特異的に結合し、化学反応によって生成物へと変化される分子の総称。
※4.シトクロムP450BM3
巨大菌(Priestia megaterium)由来のシトクロムP450タンパク質。酸素分子(O2)を用いて長鎖脂肪酸を酸化する酵素で、報告されているシトクロムP450ファミリーの中で最も高い触媒活性をもつ。
※5.タンパク質工学
天然のタンパク質のアミノ酸配列を改変することで、有用な機能をもつ人工タンパク質を設計・開発する手法。
※6.基質誤認識システム
本来の基質に似た分子(デコイ分子)をP450BM3に結合させると、P450BM3は基質を結合したと誤認識して活性化し、本来の基質ではないスチレンなどを酸化できるようになる。この仕組みを利用して非天然基質を酸化可能にしたバイオ触媒システム。
※7.フリーズトラップ
試料の状態が変化しないように、液体窒素などを用いて試料を急速に凍結する実験手法。本研究では、P450BM3反応中間体の微結晶を液体窒素で凍結し、-170℃以下に保ちながらSACLAで実験を行った。
題名:XFEL Crystallography Reveals Catalytic Cycle Dynamics during Non-Native Substrate Oxidation by Cytochrome P450BM3
日本語訳:XFEL結晶構造解析によるシトクロムP450BM3の非天然基質酸化における触媒サイクルダイナミクスの解明
著者:Satoshi Nagao, Wako Kuwano, Takehiko Tosha, Keitaro Yamashita, Joshua Kyle Stanfield, Chie Kasai, Shinya Ariyasu, Kunio Hirata, Go Ueno, Hironori Murakami, Hideo Ago, Masaki Yamamoto, Osami Shoji, Hiroshi Sugimoto*, Minoru Kubo*(*は責任著者)
ジャーナル名:Communications Chemistry
DOI:10.1038/S42004-025-01440-2
大学院理研究科 荘司 長三 教授
https://bioinorg.chem.nagoya-u.ac.jp/