TOP   >   Researchers' VOICE   >   No.61 上松 健太郎

Researchers'

VOICE

大学院法学研究科

No.61 上松 健太郎 特任教授

My Best Word:

 

人生には、「損してはいけない」というルールはない

 

Q:この言葉を選ばれた理由は?

自分を自由にしてくれた言葉だからです。

いくつかの経験を通じて、いつの間にか自然と言語化できていたのですが、この言葉のおかげで、見えない枠から開放されたような感覚になりました。

大小さまざまな意思決定をする場面で、人は何かしら判断基準を持つことになります。「損か得か」は一つの判断基準ではありますが、常にそれに従わなくてはいけないわけではありません。いつも一番得する判断をしなければいけないわけではないし、損する自由だってあります。これを自覚できると、選択肢がぐっと広がります。

 

Q:先生は弁護士としてどのような分野をご専門として活動されているのですか?また、名古屋大学ではどのような業務をなさっているのですか?

自分では「これが専門分野です」という分野はないと考えています。弁護士の仕事は、一人ひとりの依頼者や個々の案件から生まれるものなので、その依頼者や案件のために自分が動きたいと思ったなら、分野が何であれ、取り組みたいと思うからです。

ただ、「人間の意思決定」には関心を持っています。昨年度までは名古屋大学法科大学院の実務家教員として、弁護士の実務を理論面と技能面から、座学とロールプレイを織り交ぜながら学生に伝える講義を担当していましたが、ここで学生に学んでほしかったことも、相談者が迫られている意思決定がどのようなものかを深く考え、その意思決定を少しでも「よい」ものにするために真剣に取り組む、ということです。

2025年4月からは名古屋大学法学部の特任教授として、法学部の法曹コースを担当しています。法曹コースの担任の先生みたいな役割で、今年度から始まった新しい取り組みです。制度に関する質問を受けたり、履修相談に乗ったり、学生たちがやりたい企画を手伝ったり、学生同士の交流会を企画したり、いろいろ試みています。

20250515_research4.JPG

昨年放送されていた朝ドラ「虎に翼」にドハマリして、愛知県弁護士会で戦前の弁護士法服を制作しました。

ロケ地となった名古屋市市政資料館で写真撮影。

Q:弁護士として働く一方で、名古屋大学で働くことになったきっかけは?

実務家教員のお話をいただいたのは、法科大学院制度が始まったときに、私が名古屋大学法科大学院に入学した1期生だったからだと思います。新しい制度が始まったときにたまたまそこにいられたのは、今振り返るとラッキーでした。

実務家教員の5年間は楽しく、充実していました。

始まりは2020年4月で、まさにコロナ禍が始まったタイミングでした。グループワークや交渉ロールプレイから構成される講義をZoom等を用いて遠隔講義で実現すべく試行錯誤したのは、かなり楽しかったです。

講義外では、ストーリーを通じて民事訴訟を学ぶ書籍を執筆するプロジェクトに関わり、そこから本格的な映像教材が生まれました。また、昨年は生成AIに衝撃を受け、他の名古屋大学関係者とチームを作り、AIで模擬法律相談の相談者役等を作り始めました。現時点でも、チャットボットであればかなりのことができます。実務法律家のトレーニングや教育に革命的な変化をもたらす小さな萌芽を感じています。

 

Q:名古屋大学で法学を学ぶ魅力は?

弁護士・弁護士会、検察庁、裁判所といった実務法曹との距離が近いことです。

名古屋大学は、愛知県弁護士会、名古屋地方検察庁、名古屋地方裁判所という地元の法曹三者の組織と様々な形で協力しています。教育活動に限っても、弁護士会との模擬接見プログラム、検察庁との特別講義、法曹三者が結集する模擬裁判等、大変充実しています。関わる実務家は皆、本気で、かつ、とても楽しんでいますので、よいものがたくさん生まれていることを感じます。

20250423_105536_adjust.JPG

学内には模擬法廷教室(刑事法廷・民事法廷)もあり、模擬裁判等で利用されています。

(模擬民事法廷教室にて撮影)

Q:今だから言える、ここだけの話を聞かせてください。

私は大学に進学する際、法律に興味を持ち、法学部に進学しました。しかし大学入学後、法を学び始めたとき、「こんな不毛なことのために自分の人生を使いたくない」と強く思いました。

私がびっくりしたのは、法律や裁判が解決しようとしている事象がとても個別的で、すでに起きてしまった事故のようなものだったことです。当時の私には、それがとても無駄に思えたのです。個別的で具体的なことよりも、皆のため、社会全体のための方が大切に思えたし、起きてしまったことの後始末に力を費やすよりも、事故や揉め事が起きないように事前に対策をするほうが効果的だと考えました。そして、法律の議論を、どっちでもいいことを決めるために細かく厳密な議論をしているように感じて、がっかりしました。

これに対して、今の私は弁護士という仕事が大好きで、司法の価値観にコミットしています。この間に気づいたのは、自分が、特定の誰かのために、起きてしまった想定外のイレギュラーな出来事の後始末をすることが好きなんだ、ということです。

① 社会のため・世界のため/誰かのため・個別具体的なことのため

② 想定通りの平時の場面/イレギュラーな有事の場面

この2軸をかけ合わせると4象限を作ることができます。 私は圧倒的に、個別×イレギュラーが好きです。そのことに、学部生の間に、徐々に気づきました。そこまでの過程では、もっと広い視点を持ち、社会のため・皆のためを考えるべきではないかとか、平時にきちんと役割を果たすことが求められていて、有事のときだけ張り切るのは自分勝手で無責任ではないかとか、いろいろ迷ったこともありました。ですが、これはもう好みなんだ、いろんな人がいていいんだ、と気づいたことで、自分が担うべきことと、自分が手放すべきことが見えやすくなりました。

 

Q:休日はどのように過ごされていますか。リフレッシュ方法などがあれば教えてください。

家族で過ごすことが多いです。旅行に行ったり、近隣の施設に日帰りで出かけたり。

出かける用事がないときは、溜まっている家事を片付けます。妻と手分けして、掃除機、お風呂掃除、トイレ掃除、ホコリ取り、不用品の処分等、片っ端から片付けます。

掃除機は、家の中だけでなく自分の気持ちも整うので、かなり好きです。

リフレッシュ方法は、読書、音楽、散歩、寝ること等です。旅行も好きですね。この夏は、家族で山形県と宮城県を巡ります。

20250515_research3.JPG

権利の濫用で有名な宇奈月温泉事件の事件碑。

家族で富山に行ったとき、大雨の中、立ち寄りました。

Q:今後の目標や意気込みを教えてください。

つい最近、相次いで、2つの大きな目標に出会いました。

一つ目は、国際刑事裁判所という国際機関の拠点を日本に置くことです。

国際刑事裁判所は、条約によって設立された常設の国際刑事法廷で、オランダのハーグにあるのですが、今の裁判所長は日本人の赤根智子さんです。その赤根さんは、私が名古屋大学法科大学院で学んでいたときに、検察官の実務家教員として教鞭をとっていました。彼女との縁がきっかけとなり、国際刑事裁判所の拠点を日本に置くという構想を知りました。国際司法機関の拠点が日本に存在することは、これから法を学ぶ人たちにとっても非常によいことだと思います。この構想実現のために、自分にできる役割を果たしたいです。架空の事例での模擬国際刑事裁判をするのも面白そうだなと思っています。

20250515_research1.JPG

オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)。

2025年3月に、法科大学院の同期を中心とするメンバーで、赤根先生に会いに行きました。

20250515_research2.JPG

デルフトのカフェで食べたランチ。国際刑事裁判所訪問の翌日、デルフトという街を観光しました。卵3つにチーズたっぷり!

二つ目は、ミネルバ大学のような法科大学院を日本に新たに作ることです。

ミネルバ大学はアメリカのサンフランシスコに本部を置く全寮制の大学なのですが、特定のキャンパスは持っておらず、学生は4年間で世界7都市に移り住みながら、主にオンラインで講義を受講するのが特徴です。このモデルを参考に、日本国内の都市に移り住みながら、オンライン中心で法を学ぶ全寮制の法科大学院を日本に新たに作りたいのです。

今の日本の制度では、地元に法科大学院がない中高生が実務法曹になるには、一定のハードルがあります。自分自身の進路やキャリアを描く際に、弁護士・裁判官・検察官が最初から選択肢に入らない中高生が、一定数いるのではないかと思います。それに対する私なりの答えが、このミネルバ大学のような法科大学院です。コロナ禍にZoomなどを用いてグループワークやロールプレイの講義をやってみた自分の経験からしても、オンラインのみで法科大学院の教育を組み立てることは、実現可能だと考えています。

もちろん、法科大学院設置基準やメディア告示等との関係を検証する必要がありますし、そもそも、今後日本で新しい法科大学院を生み出すことのハードルはとても高いでしょう。ですがこの構想にはITや旅行等、私の好きなことが凝縮されていますし、私の経験や得意分野の延長線上にあります。「これは自分の仕事である」と確信できるテーマでワクワクしています。なので今日明日の話ではないのですが、いつか時機が来たら自分の人生をかけるつもりです。

20250423_111205_adjust.JPG

 

氏名(ふりがな) 上松 健太郎(うえまつ けんたろう)

所属 名古屋大学大学院法学研究科

職名 特任教授

 

略歴・趣味

弁護士(愛知県弁護士会登録)。

旭丘高校、京都大学法学部を経て、法科大学院制度が始まった2004年4月、名古屋大学法科大学院に未修コース1期生として入学。修了後、司法試験に合格し、弁護士となる。

2020年4月に名古屋大学法科大学院の実務家教員に着任。2025年3月まで、ロイヤリング、民事模擬裁判等を担当。

2025年4月からは名古屋大学法学研究科特任教授として、法実務教育教材の研究開発や法曹コースをよりよいものにするための諸業務に取り組む。

好きなことは、読書と散歩と旅行。

 

 

【関連情報】

名古屋大学研究成果発信サイト

名古屋大学研究フロントライン「大学が裁判ドラマ制作?弁護士教員が語るその舞台裏とは」