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Researchers'

VOICE

大学院生命農学研究科

No.62 稲垣 哲也 准教授

My Best Word:

 

枯れた技術の水平思考

 

Q:この言葉を選ばれた理由は?

「枯れた技術の水平思考」とは、任天堂の横井軍平氏が提唱した、成熟した技術を別の用途に応用して新しい価値を生み出す発想法です。この言葉を選んだ理由は、農学という学問の本質と深く関わっていると感じるからです。農学は実学ですが、同時に大学に農学部が存在する意味は、実践と基礎研究をつなげることにあると考えています。私たちが扱うのは、食や環境といった人間の生存に直結する領域です。農学では限られた資源や既存の技術を組み合わせて現場の課題を解決する必要があり、この発想は極めて実践的かつ本質的です。加えて私は、“その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない”という『不思議の国のアリス』の言葉が好きです。技術の進化が極めて速い現代において、たとえ大規模言語モデル(LLM)でさえ数年で「枯れた技術」になる可能性があります。だからこそ、既存技術を再構成し、ハードとソフトをつなぐ工夫を“実装していく”こと。これを積み重ねていくことが、AIに代替されない研究者であるための道だと思っています。

 

Q:先生はどのような研究をされているのですか?

私の研究室は、名古屋大学農学部の中では数少ない「農業工学」を取り扱う研究室です。農産物や木材といった自然素材を対象に、さまざまなセンサや分光技術(近赤外線、テラヘルツ、X線など)を使って、非破壊で品質や成分を評価する方法を研究しています。具体的には、分光器などのハードウェアと、MatlabやPythonといったプログラミングツールを用い、機械学習やケモメトリクス(化学計量学)を組み合わせることで、複雑なデータを分析しています。これにより、生産現場での作物・木材の選別精度向上や、植物工場の環境制御など、持続可能で効率的な農業の実現に貢献したいと考えています。

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分光器を使って、データを取得する様子。

Q:研究の道に進んだきっかけは?

研究の道に進もうと思った大きなきっかけは、修士課程や博士課程でご指導いただいた先生方の存在です。研究者としてだけでなく、人としても非常に魅力的な方々でした。それぞれ個性豊かな方々でしたが、皆さん自由な発想を大切にされているという共通点があったように思います。私は、そうした先生方の“いいところ取り”をしたような研究者になれたらと、今でも目標にしています。

 

Q:研究が面白いと思った瞬間はどんな時ですか?

実はあまり多くありません。一つの実験や論文が一区切りついたとしても、すぐに「次はどの実験や実装につなげようか」と考えてしまう性格だからかもしれません。冒頭で述べた「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」を意識しすぎているかも。。。でも自身の過去の論文をふと読み返した時に「ああ、この研究は結構良いことを言っていたな」と思う時はたまにあります。

 

Q:白イチゴの糖度やキウイフルーツの熟度を、各々切ることなく把握することに成功されましたが、把握が難しい、または計測が上手くいかなかったものもあったのでは推測されます。成果になるまでのエピソードを教えてください。

近赤外分光で果物の糖度を可視化できることは広く知られていますが、白イチゴは海外での流通が少なく、論文化に適していると感じて始めた実験でした。その過程で、糖度だけでなく色素成分(クロロフィルやアントシアニン)との関係にも踏み込むことができ、思わぬ学びがありました。さらに安価に評価できる方法を模索し、子どものおもちゃのカラーフィルターを2眼カメラに取り付けてイチゴを測定し、糖度を予測できるモデルを作りました。高精度での糖度推定ができた組み合わせを参考に、カラー眼鏡を作ってみたのですが、糖度はまったく見えませんでした・・・(注:眼鏡とフィルムは自費で購入しました)。

とはいえ、このような試行錯誤の過程そのものが楽しく、研究の醍醐味だと感じています。

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上が可視画像、下が近赤外カメラで撮影した画像から再構築した糖度画像です。
色が赤いほど甘い箇所です。

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実験結果をもとに作った眼鏡。ただただオレンジ色と青色がバラバラに見えるだけでした。

Q:今夢中になっていることは?

最近は、大規模言語モデル(LLM)の進化があまりに目覚ましく、その応用に夢中になっています。趣味の延長のような形で、いろいろなプログラムを試作しています。たとえば、英語の論文を読み込ませて、自動で内容を整理し、パワーポイントにまとめてくれるプログラムや、Zoomでの会話中に相手の発言を分析し、リアルタイムで回答案を提示してくれるツールなどです。また、私の研究領域である木材関連の専門用語を学習させた独自モデルも作成しています。

 

Q:休日はどのように過ごされていますか。リフレッシュ方法などがあれば教えてください。

9歳、7歳、1歳の三人の子どもがいるので、休日は朝から晩までとても賑やかです。子どもたちとわちゃわちゃと過ごす時間は慌ただしいですがとても良い時間です。子どもたちが寝静まり、洗い物などを終えるのがだいたい夜10時ごろ。そこからは妻とNetflixで映画を見たり、趣味のピアノを弾いたりして、静かな時間を過ごしています。10時までの喧騒と、10時以降の落ち着いた時間とのコントラストが気に入っていて、私にとっては大切な切り替えのひとときです。

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家族旅行で沖縄に行った時、空港で子供や姪と力勝負をしました。

Q:今後の目標や意気込みを教えてください。

研究面では、今後ますます進化する大規模言語モデル(LLM)に単純に代替されないよう、ハードとソフトをつなぐ仕組みを地道に「実装」し続けることを目指しています。特に、GDP比率が低い農業・林業分野において、LLMや機械学習を現場で本当に使える形にするための試行錯誤を重ねていきたいと考えています。その一環として、クラウドファンディングなどを活用した社会実装にも取り組みたいです。

教育面では、「とにかく試して検証してみる」という姿勢を学生と一緒に楽しみながら続けていける環境づくりを大切にしています。最近では、名古屋大学の2024年度全学教育担当教員顕彰を、物理がやや苦手な傾向にある農学部の学生を対象とした「物理学基礎」の授業でいただくことができました(https://www.ilas.nagoya-u.ac.jp/about-ILAS.html#ILAS-award)。こうした実践を続けながら、学ぶ楽しさを共有していきたいと思います。

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氏名(ふりがな) 稲垣 哲也(いながき てつや)

所属 名古屋大学大学院生命農学研究科

職名 准教授

 

略歴・趣味

1983年富山県高岡市生まれ。2011年名古屋大学大学院生命農学研究科博士後期課程を修了(博士(農学))。2011年4月同助教、2017年9月より同講師、2021年4月より現職。

趣味は読書・ピアノ。社会で“当たり前”と思われていることが“なぜ当たり前と思われているか”について考えるのが好きです。読書はその問いを深めたり、時には覆したりしてくれる存在です。ピアノは子供と連弾するのが目標です。

 

 

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