No.66 近藤 研
Researchers'
No.66 近藤 研
「探検は知的情熱の身体的発露である」は、スコット南極探検隊の一員であった動物学者、チェリー・ガラードの言葉です。
極地が学問上の空白地帯であった時代に探検を志した人々を動かしていたのは「知的情熱・好奇心」であるというこの言葉に、現代の研究者と似た姿勢を感じます。研究を続けていると、成果を出すことへの焦りや雑務に追い詰められるような時間もありますが、この言葉を思い出すことで自分の中の純粋な「知的情熱」を再確認するようにしています。
各地で氷河氷床の縮小が報告されていますが、世界最大の氷である南極氷床も例外ではありません。人工衛星による見積もりでは、過去20年間で一年ごとに147ギガトン(1470億トン)の氷が失われ、地球の海水準を14 mm上昇させたと報告されています。この要因は、南極の氷を内陸から沿岸部へ運ぶ氷河の流動が速くなり、海へ流出する氷の量が増えたことにあります。氷床底面にはわずかな氷融解で形成される水路や氷底湖の水文環境が発達しており、これが潤滑剤の役割を果たして、氷河の活発な流動を生んでいます。しかしながら、厚さ数百から数千mの氷床底面は観測が難しく、まさに地球上に残された未探査領域です。
私は現地観測、リモートセンシング、数値計算などの手法を組み合わせて、氷床底面の環境と氷河流動との関係解明に取り組んでいます。

私の大学院時代の指導教員が得意とする技術に「熱水掘削」があります。氷河上の水を汲み上げてポンプとボイラーで高温高圧のジェットとして噴射し、氷を融かして掘削する技術です。第63次南極地域観測隊に参加した際には丸一日かけて550mの氷河を全層掘削し、掘削孔に測器を仕掛けることで氷河底面の水圧や流動の直接観測を行いました。
最近では、地下構造探査に用いられる物理探査に取り組んでいます。氷表面に多数の地震計を並べ、その付近で金属プレートにハンマーを打ち付けて人工的な地震波をつくることで、氷床底面を反射してかえってきた地震波を記録します。反射波の解析によって、氷の厚さや底面の物性に関する重要な情報を得ることができます。電磁波を使って地下構造を観測する氷レーダーも重要な手法です。

高校生の頃から極地の自然に興味をもっており、大学進学とともに北海道大学の山岳部に入部しました。北海道の雄大な自然の中で山登りに没頭する中で機会を得て、ロシア・カムチャツカ半島の登山遠征に参加しました。カムチャツカ半島北部の雪山を1ヶ月ほどかけてスキーで縦走し、そこで初めて谷を埋め尽くす美しい氷河を見ました。この経験がきっかけとなって極地や雪氷の研究に興味を持ち、北海道大学低温科学研究所を大学院の進学先に選びました。最初は北極や南極の野外観測に行ってみたいという比較的不純な動機で始めた研究でしたが、やっていくうちに自然のからくりに理論的に近づいている感覚に快感を覚え、博士課程への進学を決めました。

大学院進学のきっかけとなったロシア・カムチャツカ半島の山々。
極地や氷河はアクセスが難しい場所ですので、野外観測をしていると「まだ誰もみたことがない景色」を眼前に見る機会に恵まれることが、稀にあります。南極で氷河の熱水掘削観測を行ったときも、掘削孔にビデオカメラを入れて、氷河の底を撮影しました。まさに氷が基盤に乗っている境界部分や、氷の下に広がるわずかな海水層に色鮮やかなイソギンチャクが映り込んでいるのを目にしたときは、鳥肌が立つほどの興奮を覚えました。そんな時には極地の氷河の未知に近づけた気がして、とても面白いと感じます。
南極地域観測隊では通常、オーストラリアから「しらせ」という砕氷船に乗って南極へ向かいます。途中で海洋観測が行われることもあり、とても長い船旅です。日本を出てから帰国するまで4ヶ月半ほどかかるのですが、そのうち3ヶ月を船で過ごします。私は船酔いにとても弱いので、少しでも揺れるとベッドを出られなくなります。
南極に着いてから本格的な観測が開始すると、限られた1ヶ月半の期間でできる限りのデータを得たいので、ほぼ全てを氷河上のテントで生活します。基本的には風呂なしの寝袋生活です。南極観測は往々にして重量級の観測機材を扱うことが多いので毎日が肉体労働です。日に日に身体が軋んでいき、膝がミシミシと音をたてるようになります。極限まで身体を張って氷と格闘する感覚は、南極ならではだと思います。
南極で氷河観測メンバーと集合写真。

南極氷床上で6週間のキャンプ生活。
少し前までは登山やクライミング、バックカントリースキーが好きでよく山に行っていたのですが、最近はずいぶん山から離れてしまいました。ここ最近は年に通算2ヶ月ほど氷河観測に出かけているので、それでお腹いっぱいになってしまっているのかもしれません。その反動か、休日は眠れるだけ眠り、コメダのモーニングにギリギリで入店し、読書をしながらぼーっと過ごしています。最近はまっているのは写真を撮ることです。国内旅行をして一眼カメラで写真を撮り歩くのが、一番のストレス発散です。

写真を撮ることにはまっています。次に南極へ行くときはどんなレンズを買おうかと日々妄想しています。
北極や南極というのは遠い世界で、そこにある雪氷環境が大きく変化していることは実感が湧きづらいことだと思います。一方で、氷河氷床の将来変動に関する研究では、これからの気温上昇をどれだけ抑えるかによって、将来の氷河縮小の規模が決まるという結果が多く出ています。北極やアジア高山域では、生活で使う水を氷河の融け水に依存している集落もあり、雪氷圏の変動は人々の生活に深く関わっています。生活に関わっているがゆえに災害のリスクを内包する存在でもあり、近年では氷河の融解増加を発端とする洪水災害も報告されています。今現在を生きる私たちの選択が、将来数百年の自然環境と人間との関わり方を変えると考えています。
南極氷床をはじめ、極地の氷河氷床にはまだまだ未知が残っています。可能な限り新たな技術を研究に取り込んで、それらを明らかにしていきたいです。様々な方々と協力して、探検的な研究を実現するのが今後の目標です。
氏名(ふりがな) 近藤 研(こんどう けん)
所属 名古屋大学大学院環境学研究科 地球環境科学専攻 気候科学講座
職名 助教
略歴・趣味
2023年北海道大学低温科学研究所博士課程修了。博士(環境科学)。
2024年に日本学術振興会特別研究員PDとして名古屋大学大学院環境学研究科に赴任。2026年4月より現職。
趣味は写真撮影と山登り。
・雪氷圏研究グループ(大学院環境学研究科 地球環境科学専攻 気候科学講座)