みなさんこんにちは!工学部機械・航空宇宙工学科2年生の松高亜樹です。今回は、9月14日に行われた名古屋大学レクチャー2019に参加したので、その様子をお伝えします。
そもそも名古屋大学レクチャーって?
この企画は、名古屋大学で最も重要な講演会と位置付けられており、文系、理系問わず、世界最高水準の知に触れることができる企画です。
このような企画なだけあって、会場の豊田講堂では、席がびっしり埋まるほど多くの方が受講していました。講堂には収まらなかったため、サテライト会場も用意されており、とても期待されている催しであることがわかりました。また、自分が過去に履修していた講義の先生とも会うことができました。
当日のタイムスケジュールは以下の通りです。
12:30 開場
13:05 開会の挨拶(松尾総長)
13:15 解説講演(周藤高等研究院長)
13:55 名古屋大学レクチャー盾授与式
14:10 休憩
14:30 名古屋大学レクチャー(東京大学名誉教授 青柳先生)
15:50 閉会の挨拶(武田高等研究院副院長)
16:00 閉会
※解説講演は、この企画を主催している高等研究院が実際にどのようなことをしているのか、また、名古屋大学レクチャーの本編の前に、青柳先生はどのような人物かを説明したり、この講演のキーワードを教えてくださったりと、青柳先生のお話がより聞きやすくなるというものでした。
名古屋大学レクチャーの本編では
まず、古典考古学がどれほど重要視されてきたのかを解説していただきました。ドイツでは、国会議事堂で審議されるほど、この分野は世界的にも重要視されているそうです。青柳先生は、この分野の研究を50年続けてきたので、この講演ではそれを振り返っていただきました。
青柳先生は、1969年に初めてイタリアのローマに留学し、考古学の実習に参加されました。この留学から帰国する際、イタリアの先生から、「年に1本でいいから論文を書け。そうすれば遅れることなく、学会の行間をフォローできる」と言われ、これを実行しました。さらに、2ヶ月に一回、自分の勉強の報告をこの先生にしなければなりませんでした。初めてイタリアに留学してから5年後に、ようやく自分でイタリアで発掘を開始しました。ここで、みなさんが疑問に思うのが、なぜわざわざイタリアに出向く必要があるのかということです。イタリアには古典考古学の雑誌が600種類ありますが、日本には40〜50種類しかないそうです。従って、しっかりとした論文を書くためには、他の研究者の研究内容も把握する必要があるため、イタリアに出向く必要がありました。そのとき29歳にして、自分で小規模ながら発掘作業を始められたそうです。
このようにして青柳先生はイタリアで発掘作業を始められ、今に至ります。これ以降は、青柳先生が50年間発掘に携わってわかった話を教えてくださいました。それをまとめると膨大な量になってしまうので、内容のお話はここまでにさせてください。
青柳先生のお話を聞いて
私は講演を聞いて、研究内容が素晴らしいのはもちろん、青柳先生が50年間ひたすらに研究を続けていたことにとても感動しました。たとえ興味があることでも、実際に取り組んでみると興味が冷めてしまったり、別のことに興味が移ったりするものです。しかし、青柳先生は50年間、ローマの遺跡について、ぶれることなくひたすら研究をしているため、やはり成功している人は、1つのことに対して費やす情熱が凄まじいと感じました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
Profile
所属:工学部機械・航空宇宙工学科2年生
出身地:三重県
出身校:三重県立四日市南高等学校