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VOICE

大学院情報学研究科

No.36 谷村 省吾 教授

My Best Word:

そんな小さなことやっても誰も見向きしてくれないよ

 

Q:この言葉を選ばれた理由は?

これはBest WordというよりもWorst Wordかもしれません。このコーナーは研究者として座右の銘にしているような名言を提示することを期待されていると思いますが、私の心に突き刺さっていて、若い研究者にも聞いてもらったほうがよいと思える「研究者の人生訓」として、あえてネガティブな言葉を紹介します。

これは私が大学院生だったときに教授が大学院生たちに(私にも)言っていた言葉です。大意は、「研究者仲間に関心を持ってもらえそうもないちっぽけな研究テーマにハマって時間を無駄にするな」というアドバイスです。もうちょっと優しい言い方をしてくれても良かったんじゃないかと思いますが、研究者界のシビアな現実を教えてくれたと思います。

研究というのは、ある意味、きりのない営みです。まだ分からないことはいくらでもあるからです。研究者は有限なリソースを活用して何か新しいことを発見したり問題を部分的に解決したりして、それを他の研究者に伝え、別の研究者がアイデアや発見を付け足していくという営みをつなげていきます。研究者個人は自らの知的好奇心を最大の原動力として研究しますが、他の研究者に面白がってもらえず、研究の輪が広がらないような、悪く言えば自己満足で終わってしまうような研究というのは、歓迎されないし、自身のプロモーションにもつながりません。研究というのは専門的な営みなので、研究の意義を一番理解してくれるのは基本的には同種の専門家です。処世術かもしれませんが、やるからには、すぐにとは言わなくても、5年後、10年後には同業の専門家に「あれは意義ある研究だった」、「あのおかげでこの分野が発展した」と言ってもらえるような研究がよい研究だと思います。

耳の痛い話ですが、私も自らに「ちっぽけなテーマにこだわって何かいいことをやっている気になっているんじゃないか?」と時々問いかけています。

 

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物理学科校舎の廊下で実験(左下ピースサインをしている谷村先生)

Q:先生はどのような研究をされているのですか?

理論物理の中でもとくにミクロの世界の物理法則をまとめた理論である量子力学を研究しています。また、マクロ世界の物理法則である古典力学も好きで、量子系・古典系の両方の力学系理論も研究しています。ミクロの量子力学とマクロの古典力学は非常に異質な理論ですが、現実の世界ではミクロの原子や電子が集まって生体や天体などマクロな物体ができているのだから、量子力学と古典力学は論理的・数学的につながるはずだと考えています。量子と古典を包括する理論を構築することが私のライフワークです。

 

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大学院生時代も今も、やっていることは同じ

 

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Q:研究の道に進んだきっかけは?

大学3年生のときにリチャード・ファインマンの『物理法則はいかにして発見されたか』という本を読みました。それは既知の物理法則を解説している本だったのですが、最後の章には「物理学は将来どうなるか」ということについてファインマンの予想が書かれていました。ファインマンは「いつかすべての物理法則が解明されて物理学は完成して終わるか、99.9パーセントのことは解明して難問だけが残って物理学の進歩は止まるかのどちらかだろう、今は物理学で新発見をできる時代だ」というようなことを語っていました。それを読んで私も物理学の世界で何かを発見したいと心に決めました。

 

Q:研究でワクワク、興奮した瞬間はどんな時ですか?

バラバラに見えていたアイデアのパーツが急に噛み合ってすべてがうまくつながって見える瞬間があります。専門的な話になりますが、2022年のノーベル物理学賞の受賞対象になったベルの不等式が破れる数学的な理由が局所演算子の非可換性にあることや、弱値や量子消去など他の概念も非可換性でつながっていると気づいた瞬間などです。そういう瞬間は、それまでモヤモヤしていた視界が一気に澄みわたるような気がします。

 

Q:今年のノーベル物理学賞は、量子力学に関する研究者3名が受賞しました(※)。授賞者発表直後 、先生は学内の記者会見場で、量子力学の解説をしてくれました。そのときのエピソードを教えてください。

ノーベル物理学賞受賞者の発表の日、もしも私が直接知っている方(とくに日本人)がノーベル賞を受賞したらコメントや解説をする役を仰せつかっていて、研究室でインターネットを注視していました。ノーベル賞選考委員が「今年はquantum mechanics(量子力学)だ」と言い出したので、「うおー、量子力学、来たかー!?」と思いました。アラン・アスペ氏、ジョン・クラウザー氏の名前が読み上げられて、「ついに私の予想が当たった!」と飛び上がりました。3人目には誰が来るか予想していなかったので、アントン・ツァイリンガー氏の名前が読み上げられたときには、「おお、そうか、うん、順当だよな」と僭越ながら思いました。選考委員の解説を聞き終わって、とりあえず私の出番はないなと思って、ほっとしたところに研究室の電話が鳴り、「豊田講堂シンポジオンホールに記者さんたちが詰めているので今から来て解説してくれ」と言われました。「え?私が?」と思いながらも、断れる仕事じゃないと直感。「はい行きます」と言って、名刺や自分の本などをリュックに詰めて研究室を出ようとすると、新聞社から電話がかかってきて、ざっくりとでよいからひととおり解説してくださいと頼まれ、説明してから、慌てて研究室を飛び出しました。記者さんたちをだいぶ待たせていたようで、事務の方が豊田講堂の外にまで出て、私を迎えてくれました。こんなことは一生に一度あるかないかだろうなと思うような興奮を味わいました。

※ノーベル財団HP:https://www.nobelprize.org/all-nobel-prizes-20

 

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ノーベル賞受賞者発表直後、記者会見場での解説(豊田講堂シンポジオンホールにて)

 

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ホワイトボードの「1965 ベル」は正しくは「1964(年) ベル」

Q:休日はどのように過ごされていますか。リフレッシュ方法などがあれば教えてください。

娘(小学1年生)の遊び相手をしています。最近は体力を持って行かれがちです。

名古屋大学博物館にて、家族で結晶作り(ビスマスとミョウバン)に挑戦しました。

週末は娘と遊ぶのが仕事です。

 

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Q:今までの人生で影響を受けたもの(人、本、モノ、出来事など)は?

私の高校の物理の先生だった村井秀麒先生が、私が高校を卒業するときにくださった朝永振一郎氏の本『量子力学』。私が名古屋大学工学部3年生だったときに読んだファインマンの本『物理法則はいかにして発見されたか』。名古屋大学工学部の助教授だった中村新男先生が授業の教材として読ませてくれたシモニー氏(クラウザー氏の共同研究者)の日経サイエンス記事『実験が光をあてる量子力学の奇妙な世界』(中身はアスペ氏の実験の解説)。これらが、いまの私につながっていると思います。
また、学生時代に体育会のワンダーフォーゲル部で、登山やサイクリング、いかだで川下りなど、フィールド活動をしたのはよい経験でした。大自然の中で、自分の体力・知力のちっぽけさを思い知る経験でした。

 

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学生時代のワンダーフォーゲル部、キスリングを背負って登山、谷村先生は前から2番目

 

 Q:今後の目標や意気込みを教えてください。

まだまだ研究したいこと、論文や本を書きたいテーマが山のようにあります。私は物理学に賭けてきた人間ですが、AI(人工知能)と協力して新しいサイエンスを開拓するという計画も持っています。早くやらなきゃと思っています。また、子供たちも含めて若い人たちに科学の面白さを伝え、科学の研究に参加してもらうような機会をもっとつくりたいと思っています。

 

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パイライト(硫化鉄の結晶)を手に

 

氏名(ふりがな) 谷村 省吾(たにむら しょうご)

所属 名古屋大学大学院情報学研究科

職名 教授

 

略歴・趣味

1990年 名古屋大学工学部応用物理学科卒業。1995年 名古屋大学大学院理学研究科物理学専攻修了。博士(理学)。その後、東京大学、京都大学、大阪市立大学などで研究・教育に従事し、2011年から名古屋大学教授に着任。趣味しているヒマはないです。どうして教授はこんなに忙しいのか?と思います。

 

 

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