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VOICE

大学院人文学研究科

No.39 中村 靖子 教授

My Best Word:

 

「ここにいてすべての遠いものを夢見よう」(谷川俊太郎)

 

Q:この言葉を選ばれた理由は?

中学生の頃だったか、この言葉を初めて知ったとき、びっくりしました。遠くを夢見るために、〈ここにいる〉という質量性と現在性を放棄する必要はないということがとても新鮮でしたし、「できるだけ遠くのものを」ではなく、〈すべての遠いもの〉といわれることで、遠さにもグラデーションができ、かつ、一極に収斂(しゅうれん)していかないのがよいと思います。

 

Q:先生はどのような研究をされているのですか?

人間がどうして詩的想像力(ポエジー)を獲得したのかがつくづくと不思議で、その謎を解明したいと思っています。1人の人間が一生の間に経験できるものは極めて限られていますが、スイスの作家マックス・フリッシュは、人が体験できる領域の圧倒的大部分は思い出や予感であるといいました。フロイトであればそこに推論法を付け加えるでしょう。予感や思い出や推論によって拓かれる領域は宇宙より広大であると、リルケの詩が教えてくれました。

学部時代からずっとリルケを研究してきたので、博士論文もリルケの『マルテの手記』について書く予定で準備していました。けれどもフロイトの失語論の翻訳のお話をいただいたことをきっかけに、19世紀末の脳機能研究の状況と言語能力の問題に関心を持つようになりました。その結果、博士論文の主題はフロイトの失語研究に変わってしまって、博論の主査の先生(ドクトル・ファーター)からは「文学じゃなかったのか」と恨めしげに言われました。日本でフロイトについて博論を書いた人は今までいなかったともいわれましたが、そうだとしたら、とても光栄です。そののち、文学研究の単著も出したのは、その先生に申し訳なかったと思いつづけていたからです。

 

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フロイト全集第1巻を担当し、「精神分析以前」のフロイトの論考を翻訳しました(2009年刊)。この経験が、その後さまざまな共同研究へと展開していくことになります。

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2005年、名古屋大学総長裁量経費に応募したプロジェクトが採択され、学際的な共同研究に着手しました。このプロジェクトは「言語表象と脳機能から見た環境生成のメカニズム-生きられる空間の複相性をめぐって」として科研費挑戦的萌芽に採択されるなどして6年継続し、成果は2010年に2冊の論集として出版しました。

Q:テキストマイニングを始めたきっかけは?

私はものすごいアナログで、エクセルもろくに使えませんでした。2017年に始まった学際研究の共同研究者がテキストマイニング手法の大家でした。自分1人ではテキストマイニングをやろうなんて思いもしなかったでしょうし、とてもできなかったと思います。共同研究のありがたみをひしひしと感じました。
※テキストマイニングとは‥人文社会系で用いられる文字データを機械的に処理・分析・理解し、目的に応じて必要な情報を取り出す手法のこと

 

Q:研究が面白いと思った瞬間はどんな時ですか?

付随的で、深く考えもしなかったようなことが、何年も経って、まったく別の文脈で、「あれはこういうことだったのか!?」と、腑に落ちる瞬間があります。リルケの詩の言葉を借りるならば、「私たちがよそよそしく素通りした一日が/いつかふいに私たちへの贈物となる」と。取るに足りない些細なことでも、覚えておくことができれば、いつか自分で意味を創り出すということなのかもしれません。そうであれば、ただ覚えておく、ということが、空っぽの自分に少しずつ中身を埋め込んでいってくれるのかもしれません。

 

Q:2022年11月に大学院人文学研究科附属人文知共創センターが設立され、先生は初代センター長に就任しました。このセンターについて教えてください。また、設立にあたり苦労したことを教えてください。

センター設立のきっかけとなったのは、日本学術振興会の受託事業「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業 学術知共創プログラム」に応募した研究課題が採択されたことです。研究課題は「人間・社会・自然の来歴と未来:「人新世」における人間性の根本を問う」(Anthropocenic Actors and Agency in Humanity, Society, and Nature)で、我々は略してAAAプロジェクトと呼んでいます。これは、文理を交えた5つの研究班で構成される、総勢24名のプロジェクトです。このプロジェクトを推進していく拠点として、11月1日にセンター発足、ということは決まっていたのですが、「その日って何かするんでしょうか」と研究科長に聞いて、センターの看板がまだ発注されていなかったことが発覚しました。センター室もなく、本当に何もない状態でした。結局、「物置小屋」とか「ペントハウス」とかいわれていたスペースを整備して、何とか年内に形が整いました。ご尽力下さった方たちに大変感謝しています。

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センター関係者と(全員全く異なる分野の専門)

 

 

Q:休日はどのように過ごされていますか。リフレッシュ方法などがあれば教えてください。

愛犬に抱きついています。わんちゃんの方では、私が抱きつこうが離れていようが、どうでもよさそうにしている風情が好きです。

 

 Q:今後の目標や意気込みを教えてください。

19世紀末のフロイトの脳機能に関する論文は、当時の技術的限界の中で書かれたものですが、その後、技術が開発され多くのことが解明されつつある現在から見ても、「間違っていない」ということが分かりました。これが、思考のリアリティだと思います。最近は、テキストマイニングの手法を用いて、いろんな言語圏をまたがって、数十年単位での心性の変化を追うことを考えています。

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2008年1月メキシコ出張にて

 

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氏名(ふりがな) 中村 靖子(なかむら やすこ)

所属 名古屋大学大学院人文学研究科

職名 教授

 

略歴・趣味

大阪大学文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程前期課程、後期課程ののち、1994年より富山大学講師、助教授、2000年より、名古屋大学文学研究科助教授、准教授を経て、2011年より教授。詩や小説に出てきた花を見つけると衝動買いしてしまいます。それが翌年にも咲いたりすると本当に嬉しいです。

 

 

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名古屋大学研究フロントライン「いつ、どこに意識は宿る? 脳神経科学に問う、われわれの正体」