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教養教育院教養教育推進室 アカデミック・ライティング教育部門

No.47 ボーメール ニコラ(BAUMERT Nicolas) 特任准教授

My Best Word:

 

フランスと日本の文化は、鏡に映った我々自身の姿のように、似ていると同時に違っている

 

Q:この言葉を選ばれた理由は?

フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースが『L’Autre face de la lune』(月の裏側)という日本の文明に関する講演内容をまとめた本の中で、日本とヨーロッパの文化について述べた一文です。

クロード・レヴィ=ストロースは20世紀の偉大なフランスの思想家の一人です。彼は日本文化の専門家ではなく、研究することもありませんでしたが、日本文化を評価し、魅了されました。

彼の死後数年経ってこの本が出版され一読した時は、私には少しシンプルすぎるように感じました。私はその頃、日本に関する博士論文を終えたばかりで、より洗練された文献を探していました。この本の中の文章は、講演で話されたものでかなり一般的な内容でした。それにもかかわらず、この一文が私の心に残りました。10年以上経った今、私はフランスと日本の比較研究で行ってきたすべてが、ある意味でレヴィ=ストロースの観察の実証であると理解出来ます。

例えば、私の博士論文で、日本酒について研究している際、フランスでは食事をしながら飲むのに対して、日本では飲みながら食事をするという違いに気付きました。地理的表示に関する研究では、日本とフランスが100年の時間差で異なった道をたどったことも発見しました。私は研究や日常生活の中でこれらの事例を増やすことができたのではないかと思います。

レヴィ=ストロースのような偉大な思想家の特徴として、すべての詳細を知るのではなく、「物事の重要なポイントを特定し、正しい方向性を示している」のではないかと思います。加藤周一や和辻哲郎などの偉大な日本の知識人にも同じことを感じました。研究を続けていく中で、しばしば彼らが正しかったことに気付かされます。

 

Q:先生はどのような業務を担当されていらっしゃいますか?

教養教育院のアカデミックライティング部門で、大学の学生や研究者が研究に関する論文等の執筆やコミュニケーションをフランス語で行うのをサポートするために、講義や個別の指導を行っています。公式には「教育」を行うポジションであるため、やや特異な立場です。フランス語で文章を書く方法や構造は日本語と大きく異なります。単に翻訳するのではなく、考え方を一致させることが重要で、それには両言語に精通している必要があります。私の著者、編集者、査読者、翻訳者としての経験が、日本の学生・研究者がフランス語で執筆するのを支援する力となると思います。

私はまた、海外言語文化演習(フランス)において、ストラスブール大学での短期プログラムの担当をしています。これは名大の学生がフランスで2週間の集中講座と、その国での生活を経験するプログラムです。参加する学生たちはフランスについてあまり知識がない方や、海外渡航が初めての方も多いため、現地に同行するのはもちろん、説明会などの準備や、ストラスブール大学との日程交渉や授業計画、宿泊先とのやりとりなどの業務も行っています。

 

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Q:先生の研究内容についても教えてください。

私は文化地理学を専門として、特に食物に関連するすべてに興味を持っています。地理学では、食物は「文化」と「地理環境(風土)」に密接に関わっているため、食物仲介と呼ばれています。したがって、私の研究内容は人間を土地に結びつけるすべての要素、農業から飲食までを包括しています。

私は日本酒について大学院時代から研究を始め、その後、東日本大震災後の食のリスクに関して調査し、2015年の地理的表示法制定後の日本における地理的表示の適応などのトピックに掘り下げてきました。地理的表示については、もともとフランスでは古くから施行されており、そこを基にした興味深いテーマです。

ソルボンヌ第四大学の地理学の研究室と東京日仏会館フランス国立日本研究所にも所属して日仏研究を行っています。

 

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地理的表示(GI)についての国際シンポジウムにおいて発表する様子(2020年2月 名古屋大学にて)

Q:今の業務に携わるようになったきっかけや日本に興味を持つようになったきっかけは?

来日したのは「日本酒」について、もっと知識を深めるためでしたが、実は自分で選んだテ ーマではありませんでした。学生時代に日本人の友人(のちの妻)の影響で日本に興味を持 ち、日本文化を学びたいと考えながらも文化地理学等を研究していたのですが、修士号を取 得した頃、ソルボンヌ大学において日本に関する博士論文を指導できるのは、世界的に有名 なワイン研究者であるジャン=ロベール・ピット教授だけだと知りました。先生は日本酒 に非常に興味を持っており、日本酒に関する研究を行う学生を長年探していました。先生と の出会いが契機となり、「日本酒」を研究することになりました。
博士論文を執筆中、私はソルボンヌ大学だけでなく日本の大学でも数年間研究を続けました。 しかしフランスの大学で「日本に関する地理学」を教えるには十分な知識がないと感じたた め、日本での滞在を延ばそうと考えていたところ、名大でフランス人研究者の募集を見つけたのです。 最初は数年しか滞在しないつもりでしたが、結局ここに馴染み、今に至ります。

 

Q:名古屋大学に着任されて長いですが、名古屋大学での一番の思い出は?

色々な仕事をしているので1つだけを選ぶのは難しいですが、研究に関して挙げると、2022年に私の日本酒に関する著書の日本語訳を受け取った瞬間です。外国人にとって、日本の研究が翻訳されることは本当に特別なことです。誇りを感じる一方で不安もありましたが評価をいただけたので嬉しかったです。

フランス語の講座に関しては、大学で教えた学生がストラスブールの語学研修や1年間の交換留学に行き、フランスでの生活に適応し始める様子を見るのが特に嬉しいです。以前、留学支援をした学生と数年後に現地で会った時、そこでの生活に非常に馴染んでいるように見えました。他にもフランスやフランス語圏と関連した仕事をしている卒業生に会い、選んだ道で幸せそうな様子を見ると、最終的には少し役に立てた感じがします。

 

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著書である「Le sake une exception japonaise」 (右の本)、

日本語で翻訳されたものが「酒―日本に独特なもの」(左の本)

Q:休日はどのように過ごされていますか。リフレッシュ方法などがあれば教えてください。

毎週末、空手道場に通っています。学生時代から習っていて、日本に来てからはずっと同じ道場に所属しています。トレーニングに行くたびに、心を無にすることができるところがいいですね。空手は学術の世界とは異なります(厳しいし、やや荒々しいです)が、忍耐という点では似ているところもあります。研究との違いは、間違いを犯したり怠けたりすると、即座に制裁が飛んでくるところでしょうか(笑)道場での仲間との出会いや関係性も素晴らしいと思います。日本でこのような経験できることは私にとって嬉しく思います。

 

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空手のトレーニングの様子

Q:今後の目標や意気込みを教えてください。

今の研究内容を継続します。地理的表示に関する本と土地への回帰に関する2つの文献を完成させる予定です。この先、フランスに戻った場合でも、常にフランスと日本の橋渡しをし、両国の文化を理解し合う手助けをしたいと思っています。私自身が学んだ異文化同士が交流することの大切さと、国を知るために外国語を話す重要性を伝えていきたいです。日本では、英語のみを国際語として捉える風潮があります(最近は残念ながら私の国でも同様です)が、英語が話されていない国では、英語だけでは表面的なコミュニケーションしかできません。日本を理解するためには日本語を理解し、フランスを理解するためにはフランス語を理解し、直接のコミュニケーションを確立する必要があります。私の小さなスケールで、それを続けていくつもりです。

 

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氏名 ボーメール ニコラ

所属 名古屋大学教養教育院教養教育推進室 アカデミック・ライティング教育部門

職名 特任准教授

 

略歴・趣味

パリソルボンヌ大学地理学博士。パリソルボンヌ大学地理学部特任助教、早稲田大学研究員を経て現職。

ソルボンヌ大学地理学研究員、日仏会館フランス国立日本研究所研究員。

趣味は空手、ギター、サイクリング

 

 

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