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Researchers'

VOICE

総合保健体育科学センター

No.30 古橋 忠晃 准教授

My Best Word:

 

Sed omnia praeclara tam difficilia quam rara sunt

 

Q:この言葉を選ばれた理由は?

これは、17世紀のオランダの哲学者スピノザの著書『エチカ』第5部定理42の末尾です。日本語訳は「たしかに、すべて高貴なものは稀であるとともに困難である。」です(岩波文庫より)。ここでの「高貴なもの」とは理性的な存在者を意味しています。簡単に説明するならば、理性だけに従っている人間というものは存在せず、すべての人間は情動(affect)や感情(affection)に支配されている、と解釈できます。実際に、英語においてもフランス語においても、affectionには病気や疾患という意味もあります。精神科医として、私の実感に一番合っているかなと思う言葉です。

 

Q:先生は大学でどのようなお仕事をされているのですか?

業務(臨床)としては、東山キャンパスで学生のメンタルヘルスのケアや、産業医としてメンタルヘルスの問題を抱えた教職員の復職判定をしています。

研究としては、「精神病理学」という手法を用いて、患者さんによって話されたことをベースに考察し、それを過去の文献と照合しながら、普遍的な結論へとつなげていく研究をしています。その成果を業務(臨床)へと還元することによって、学生や教職員の皆さんがより良い方向へと向かうことを期待しています。

 

Q:先生は精神科医で、「ひきこもり」を研究対象とされています。この道に進んだきっかけは?

高校二年生の頃、読書を通して、フランスやイギリス、ドイツなどの哲学や思想、文学などと出会いました。フランスでは精神医学のなかでもとりわけ精神病理学のような形が思想や文化に根ざしていることを知り、その道に進みたいと思っていたので、初めから決まっていた感じです。当時の精神病理学はフランスやドイツが第一線でした。それから30年以上経ちますが、私の場合はやりたいなぁと思っていたことを、そのまま迷うことなくしている感じです。「ひきこもり」というのは、名古屋大学の臨床において多く出会うことと、精神病理学の本領(患者さんによって話されたことをベースに考える)を発揮できることなどがこの道に進んだ理由です。

 

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フランス・コルシカ島バスティアの講演会場近くの海岸で、

講演を企画したパトリック・マルタン教授と(2020年1月) 


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ストラスブール大学医学部附属病院精神科医療心理センター訪問診療チームの

ミーティングルームで(2020年1月)

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ストラスブール大学病院で支給されたドイツ製の強力なコロナ対策用のマスクをして

ひきこもりの訪問診療に向かう車内で(2022年1月)

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ノルマンディーで仲間と過ごす休日(2021年6月)

Q:研究が面白い!と思った瞬間はどんな時ですか?

患者さんの抱えている問題や起きている現象はどこから来ているのかを考える際に、異なった言語や文化などから同じ物事を眺めてみると、それまで気づかなかった全く違った側面が見えてきます。そういう時が非常に面白いと思います。さらに、自分の手法を得るためのリソースにすぎなかったフランスの精神病理学に、自分の行っている研究が影響を与えていることが分かった時も面白いと思います。

 

Q:先生はフランスにおいてもひきこもり支援にご尽力され、「ニューズウィーク日本版『世界に貢献する日本人30』」に選ばれました。実感としてはいかがでしょうか。

 2019年にロンドンで講演を行った際、取材を受けたBBCの記者さんから、「Dr.Furuhashiの話は、日本からではなくフランスから聞こえてきました」と言われた時は、とても驚きました。その後、私がストラスブールに滞在していることを聞きつけて、パリからはるばる訪ねてくるひきこもりの家族も現れるようになったので、フランスではそれなりに知られているのかもしれないと思っています。「世界に貢献」とは大袈裟な気もしますが、フランスには多少は貢献しているのかもしれません。

 

Q:お忙しい日々を送っていらっしゃいますが、休日などでのリフレッシュ方法があれば教えてください。

リフレッシュするには、非日常を過ごすことが大切だと思います。ところが、日本ではもちろん、フランスでも常に仕事をしている感じになってしまったので、今はフランスへ来るだけでは、非日常つまりヴァカンスを過ごすこととは対照的でリフレッシュできません(笑)。日本の仕事仲間にはフランスというだけで羨望の眼差しで見られてしまうのですが。ですから、こちらで同じ日常を過ごしている仕事仲間たちに誘われて、週末などにフランスの地方を訪れる時間(2021年6月、ノルマンディーにて)は、彼らと一緒に同じ非日常を過ごすことができるので、とても良い私のリフレッシュ方法です。

 

Q:今だから言える、ここだけの話を聞かせてください。

フランスのものは何でもデザインは素晴らしいですが、機能的な面で信用できないところがあります(笑)。講演会に行っても、約7割の確率で会場のプロジェクターが故障しているので、ハンドアウトを持参していくことが必須です。オミクロン株など強力な感染力の新型コロナウィルスが蔓延している今も(2022年1月末現在、一日40万人以上の新規陽性者がいる中、フランスに滞在して、現地の看護師さんとひきこもりの家を訪問したり、フランスの各地での専門家向けの講演会を行ったりしています。)、フランス製のマスクでは心もとないので、現地の大学病院から支給されたドイツ製の強力なマスクをしてひきこもりの訪問診療をしています。

 

Q:今後の目標や意気込みを教えてください。

ひきこもりを治そうとか予防しようと意気込んでいるわけではなくて、それを生み出している社会について問いかけたい、と思っています。実際、彼らは社会について問いかけている存在なのです。彼らの言葉を通して、それぞれの社会の中にあるひずみやゆがみといったものを、講演会などを通して、日仏のそれぞれの社会に還元していくことが大切だと思っています。その結果として、社会が少しでも変わればいいかなと思います。

 

  

氏名(ふりがな) 古橋 忠晃(ふるはし ただあき)

所属 総合保健体育科学センター

職名 准教授

 

略歴・趣味

1973年生まれ。名古屋大学総合保健体育科学センター助教を経て、2015年より現職。2017年よりフランス・ストラスブール大学精神科セクター医療部門臨床観察医。精神科医、医学博士(名古屋大学)。専門は、精神医学、精神病理学。年に2、3回定期的に渡仏。フランスを中心とした西欧の各大学で「ひきこもり」の講演、現地の看護師と共にひきこもりの訪問診療を行う。

趣味:18、19世紀の西欧で出版された挿絵本や図鑑などの蒐集。

 

 

【関連情報】

研究紹介(名古屋大学総合保健体育科学センター)

研究者総覧

教員紹介ページ(心の発達支援研究実践センター)